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Memento mori

※若干グロ注意
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 彼は唄う。
 獲物を引き摺りながら歌う。

 彼は微笑む。
 きっと次こそは、次こそは。
 大好きな自分になれるに違いない。


 彼は住処に戻ると、無機質なコンクリート壁に囲まれた部屋の中にポツンとある簡易ベッドの上に、獲物を優しく寝かせた。
 ギシリと軋んだ音に、部屋の隅の影がビクリと動く。
「おはよう、起きた?」
 彼は優しげな眼差しで影を見やった。
「見て、ほら。今日のは君のと同じ大きさくらいの翼だよ」
 欲しかった玩具を手に入れた子供の様に、はしゃぎながら獲物の背についている大きな翼を持ちあげる。
「きっとこれで僕も君みたいになれるかな、なれるよね」
 鎖で繋がれた影はぶるぶると震えた。
 影は彼を恐れていた。
 森で出会った彼は、森には自分達と同じ翼ある一族だというのに、空を飛ぶそれを持たずに生まれた忌むべき存在がいるのだと噂されていた者だった。
 けれど影は最初は彼に合うつもりだったのだ。影もまた、仲間と違う為に後ろ指を指され続けていたから。
 彼の様に翼を持たない訳では無いが、黒い筈の翼は白く、他にも違う箇所が色々とあった。
 同胞と違う辛さを知っているから、一人でいる哀しさを知っているから、違う者同士でそれを分かち合えないかと。
 見つけた噂の彼は最初は警戒をしていたけれど、いつしか仲良くなれた。初めての暖かい温もりに、互い傷を癒せたはずだった。
 なのに、何故。

 彼はいつしか影と同じ姿になりたいと言う様になった。綺麗な君と同じになりたいと。
 ある日同胞を捉えて来た彼に驚き、その翼を毟ろうとする彼を止めようとしたら口を塞がれ、壁に鎖で繋がれた。
 そうして目の前で同胞は翼をもがれて死んだ。
 勿論もいだ翼は彼にくっつく筈も無く、何も生み出さずに捨てられた。

 いったいあれから何人の仲間たちが目の前で翼をもがれて死んだだろう。
 いったいどこから間違えてしまったのだろう。
 ただ自分は、温もりを分け合いたかっただけなのに。

「あーあ…またダメだった…」
 血に濡れたメスを片手に彼はしょんぼりと項垂れた。白衣の前はべっとりと血で濡れ、同じ色の手には翼が握られている。
 これを見て気を失わなくなってどれくらい経つだろう。
 もう彼に言葉が届かなくなって、どれくらい。
「どうしてかなぁ、どうして君になれないのかなぁ」
 悲しみの色を滲ませて彼は影に近づいた。
「大好きだよ。君は凄くきれいで、だから僕はこんなにも、こんなにも」
 ふと言葉を途切らせて彼は口籠った。そうして妙案を考え付いた様に目を輝かせる。
「そうか!君になりたいなら、君の翼を使えば良いんだ!」
 伸ばされた手に影は泣きもせず、もう震えもせず、ただ諦めた様に目を閉じて一筋の涙を零した。

(きっと、これは彼を止められなかった罰だ。)
(願わくば、自分が最後の犠牲者でありますように。)
(戻れるのならば、二人で笑い合えていたあの頃に。)
 ああ、でも気がかりなのは、自分がいなくなった後、貴方は――。

 ビシャリ

「あれ?」
 白衣を更に朱に染めて、彼は小首を傾げた。
 目の前で動かなくなった小さな身体に違和感を覚える。
 何か自分は忘れている気がする。
 それはとても、とても重要な気がする。
「……まぁいっか」
 彼は微笑んで手に入れた真っ白な翼に頬擦りをした。これできっと、自分を好きになれるに違いない。
 そういえばどうして自分は翼が欲しかったのだろう。
 思い出せない。


 彼は夢見る。
 綺麗で大好きな愛おしい人と同じ姿になれる事を。
 その人の隣に立っても恥ずかしく無い姿になれる事を。

 いつまでも。
 いつまでも。


 その隣が既に無い事にも気づかずに。









追記


 

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