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次回奮闘


 隣で横になっていた男が、むくりと上半身を起こし、無言でごそごそとサイドテーブルを探る。
 目当ての物を見つけたのか一瞬動きを止めた後、それを自分の顔に付けた。
 そのまま暫くベッドに腰掛け、ぼんやりと宙を眺めていたが、くぁあっと大きな欠伸を一つしながらぼりぼりと頭を掻くと、さっきの台の上から眼鏡と共に取ったのか、煙草を取り出すと口に咥え、ライターで火を点して煙を燻らせた。
 それを俺は、ずっとベッドにうつ伏せになりながら眺めていた。

「……何時まで寝てんだ」
 ぼそりと男が呟く。
「……っ!!おは……っおはようございます!」
 まさか起きている事に気付いているとは思わず、驚いて飛び起きた。
「……おう」
 こちらをまったく見ようとせず、煙を吐き出す男。
「……あの、しゅ……主任」
「なんだ。腰が痛いか」
 細い銀のフレームの眼鏡を掛けた目をちらりと此方に向けて、男――主任は会社で接するように私情の籠らない声を発した。
「や、俺はすっきりっていうか……むしろ痛いのは主任の方じゃ……」
「俺は大丈夫だ」
 本当に一夜褥を共にしたのかと疑う程そっけない態度。
 それだけこの行為に慣れているのかと思うと悲しくなった。
「主任〜……」
「だからなんだ。情けない声を出すんじゃない。抱かせてやっただろうが」

 そう。昨夜、自分達が進めていたプロジェクトの成功祝いの席で、良い具合に酔った俺はずっと抱いていた想いを主任にぶつけたのみではなく、後生だから、一度で良いから抱かせてくれと行為を迫ったのだ。
 何故かこの三十路半ばの男性は女よりも男に好かれやすい質だった。いや、男の羨望や賞賛を集めるといった方がいいのか。
 特に美男という程でも無く、金持ちという程でも無いが、鋭い印象を与えるそこそこな顔立ちに、食事の席では年下に奢れる程の財布の持ち主。
 若くから企画の主たる部分に携われるくらい有能で、かといってそのキャリアに胡坐を掻くこと無く、他人に厳しすぎず、出す指示は的確。
 若さ特有の軽率さは無く、だからと言ってしつこい感じもなく、歳を重ねた深みのある静けさを纏っているそんな大人の男性。
 そんな人を好きになったのまでは良い。
 問題は何故自分はそんな人に抱かれたいとではなく、抱きたいと思ってしまったのか……。
 それは今は置いておこう。問題は主任の態度だった。
 主任は「抱きたい」と伝えるともちろん抵抗をした。
『馬鹿かお前は』
『酔っ払いの相手をしている暇はない』
『いい加減にしろ』
 等々言われたのだが、めげずに懇願し続けると、大きな溜息一つと共に「いいか、絶対痛くするなよ」と まさかのOKを出してくれたのだ。
 いくらほろ酔いの所に付け込んだといえど、OKしてくれた事といい、それからの行為の端々で、何となくもしかして主任はこういう事に慣れているのではないか……という考えが浮かんだ。
 いや決してがばがばだったとか、咥え慣れてるとかそういうのではない。
 むしろきつくて良い具合だっ……何言ってんだ俺。
 とにかく、『抱いてくれ』ではなく、『抱かせてくれ』だ。
 男としてではく女としての行為を要求した。それは男としてのプライドを傷つけるに十分すぎやしないだろうか?
 そしてそれを「痛くするな」だけで受け入れてしまった主任は慣れているのではないか……とやはり思ってしまう。

「よ……良くなかったっスか……?」
「は?」
「そうっスよね……俺、後半なんて自分の事しか考えられなくって……」
「おい」
「だって主任の中すンごい気持ちよくって、じゃなくて、次は頑張りますからっ!」
「は?」
「主任の今までの中で一番の男になってみせますからっ!!だから……っ」
「おい。藤堂」
 その場で土下座をし始めた俺の前髪を、がしっと掴む主任。
「……お前なんか勘違いしてないか……?」
 訝しげに眼鏡の奥の鋭い目が細められた。
「はい?」
「言っておくが、俺は初めてだからな。こういうの」
「……へ?」
 何だって?初めて?何が?
「え、じゃあ俺、主任のバックバージン貰ったって事っすか!?」
「五月蠅い」
 ごっ、と鈍い音を立てて、主任の肘が頭に叩き込まれた。
 悶絶する俺を横目に、主任はただでさえ冷たい目を更に冷たくしている。
「男にバージンも何もないだろうが、何だ。俺はそんなに抱かれ慣れてるような男に見えるのか?それとも何か。俺のはそんなに緩かったか」
「そ、そんなことないっすよ!!きつかった……じゃなくてっ!だって次の日ケツ痛くないくらいに慣れて……」
 そう言ってから、はっと気づく。
「も、もしかして主任……我慢してます?」
 無言で眉間に皺を寄せながら、主任がふいっと横を向いた。
 そんな主任におそるおそる近寄って腰を触ろうとしたら、『触るな馬鹿』と手を叩き落とされた。
 これは確実にやせ我慢している。
「じゃ、じゃあどうしてあんなにすんなりOKくれたんすかっ?」
「お前が地面にひれ伏してまで頼んで来たからだろうが」
「そりゃそうっすけど……」
 ――じゃあ俺以外の男が俺みたいに懇願してきたら、そいつもOKするんすかぁ……?
 消え入りそうな小さな声でぼやく。

 つまりはそうなのだ。
 自分は主任の『特別』になりたい。
 だから身体の関係を持ちたかったし、そして他の人とは違う接し方を求めている。
 なのに主任の態度は全く変わらないどころか……。

 (――なんか前より冷たいぃい……。)

 ぐすっと鼻を啜る。
 そんな一人しょぼくれる俺を知ってか知らずか。
「お前以外の奴が頼んだって誰がケツの穴貸すものか……」
 ほいほい貸せるような安い代物じゃないんだよ、と主任はぼそっと小さく呟いた。

 本当に小さい声だった。
 それが聞こえた俺って凄い。愛か。愛だな!それとも奇跡か?どうでも良いけど出来ればワンモア!!!
「しゅ、しゅしゅしゅしゅ主任っ、い、今の!」
 余りの驚きと喜びに、汽車か俺はと突っ込みたくなるくらいどもる。
「二度は言わん」
 こっちに顔を向けていないまま、ぴしゃりと言った主任の耳が若干朱に染まって……いるような気がするのは目の錯覚か?あれか?緑色を凝視して横にずらすと赤色に見えるあれか?
「えええええ……しゅにん〜……」
「藤堂」
 急に俺の方を真面目な顔をして向いた主任に、俺の顔も真面目なモノになる。
 その顔が近づくと、唇に柔からい感触がした。
 ふわりと鼻先を、煙草の残り香が擽る。
「『主任』じゃない。あきらだ。いいな」
 そう言ってふっと横に目をそらすしゅ……明さんの顔は今度は目の錯覚でも何でもなく、確実に赤くなっていた。
 ああ、そうだ。俺こういう天体規模の奇跡の如く稀に見せるしゅ……明さんの可愛い所知ってたから、抱きたかったんだ。
「明さん!!!」
「五月蠅い。耳元で」
 主任……じゃなくって明さんの方からキスしてくれたとか、名前呼びを強要したとか、照れてるとかもう何から突っ込んで悶えればいいかわかんないけど、とりあえず俺幸せだ!!
「次はもっと頑張りますからねっ!!!」
「……まあ……期待しとく……」
「じゃあ良かったら今から……っ」
「お前は馬鹿か」
 再度脳天に肘鉄をくらいながらも、俺は顔がにやけるのを抑えられなかった。

 

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