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マフラー


「……あれ?」
 大きいアパートに対して結構小さめの自転車置き場に、小さい可愛めの紙袋を見つけた。
 雨除けの簡易屋根を支える鉄骨に、ぷらんとぶら下がっているそれに見覚えは無いが、ぶら下がっている場所には見覚えがあった。


 折角の連休だというのに連日土砂降りが続き、漸く晴れたと思えば既に遅く、重い溜息と共に自転車に乗って出かけようとした今朝。
「げ」
 カエルが潰れたような声が喉奥から零れたのは、鉄骨にぐしゃぐしゃに汚れているマフラーがぶら下がっていたのを見つけたからだ。
 別に汚れたマフラーがぶら下がっている事に、不快感を抱いたわけではない。
 問題は、その汚れたマフラーだ。
 おそるおそる近寄り、しっかりと認識すると更に重い溜息を吐いた。
「俺のじゃねぇか……」
 どうりで朝探しても見つからなかった訳だ。
 多分連休前、講義も早く終わり、バイトも無かった昼下がり。
 冬だというのに結構暖かくて、マフラーを外して自転車のカゴに入れていた記憶がある。帰りに寄ったスーパーの荷物も入っていた。
 それを下した際にマフラーが落ちたのを気付かず、この土砂降りの連休を過ごしてしまったに違いない。そうに違いない。

「うっわぁ……どろどろ……。洗濯して使えるか……?」
 誰か親切な人が落とし主に見つかる様にとぶら下げてくれたのだろうが、結構手遅れ感がある。
「って、遅刻する!!」
 マフラーを探してぎりぎりに出た事もあり、取りあえず帰ってからどうするか考えようと思ってその場を後にしたのだった。


 そして、今。
 そのマフラーは無く、その場所に紙袋がぶら下がっている。
 まさか……と疑い半分、期待半分で近づき、それを覗き込んで歓声を上げた。
「洗ってある……!!」
 朝は目も当てられぬほど汚れていたそれが、今では綺麗になり、ついでに丁寧に畳まれて入っていた。
 嬉しくて嬉しくて、うわぁだの、すげぇだの、まるでクリスマスの朝、靴下の中に入っていたプレゼントを見つけた子供の様な反応をしながら取り出し、首に巻き付ける。
 ふわりと暖かい感触と共に、優しい匂いがした。
(良い匂いだ……)
 柔軟剤の匂いだろうか。
 嬉しさに目元を染めながら細ませた時、カサリと紙袋の中で何かが音を立てた。
「うん?」
 覗き込んでみると、そこにはシンプルな白い封筒が入っていた。
「ぇ!」
 これはもしや、このマフラーを洗濯してくれた人から……!?
 慌てて取り出し、封を開ける。
 中身も封筒同様シンプルなデザインの便箋が。
 そして丁寧で綺麗な字で、気になったので勝手に洗濯してしまったが、もし不快に思ったらすみませんという内容が書いてあった。
 他の洗濯物とは混ぜずにちゃんとそれだけで洗いました、と良い事をしたというのに、何故か一生懸命説明している必死さに思わず笑みが零れた。

 寒空の下、ふくふくとした幸せな気持ちで笑う男が一人。

 首にはマフラー。
 手には便箋。








追記


 

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