「恋人を生き返らせて欲しい」
目の前の人間はそう願った。
それは悪魔にとって容易い事だが、人間の真っ直ぐな眼差しを見つめ返し、暫くして悪魔は答えた。
『お前に花をあげよう。それを一年傍に置いてご覧。一年後、また願いを訊きに来るから』
そう言って悪魔は一輪の花を差し出し、去って行った。
一年後、悪魔は再びやって来た。例の人間は俯いていた。
『一年、傍に置いてみたかい』
「ああ」
『どうなったかい?』
「枯れなかったよ……」
『そうだろうね、あれは魔法の掛かった花だから』
「……」
『美しかったかい』
人間は俯いたままほたほたと涙を零した。
「いいや……」
人間は気付いてしまったのだ。枯れない花よりも、枯れる花の方が美しい事に。限り有る命を精一杯生きる事に意味がある事に。
彼はもう、枯れた花を再び咲かせる事を願う事は出来なかった。
『花はいつかは枯れてしまうよ。命は終わる物だから。悲しいけれど、でもそれで終わりじゃないだろう?お前の恋人はお前の中で生き続ける。
私はお前の恋人を生き返らせる事が出来るよ。でも再び生を取り戻したお前の恋人は、果たしてお前の望んだ恋人だろうか』
人間の涙は止まらない。
『枯れてしまった花を悼む事は必要だ。でも悼み過ぎてはいけない。次はお前の心が傷んでしまうから。
顔をお上げ。枯れてしまった花と同じ花は見つからずとも、周りには美しい花が咲いている。いつしかその内の一つを、再び愛せる日も来るだろう』
悪魔が人ならざるモノの手を伸ばし、人間の涙を拭うと人間はその場で崩れ落ちた。
眠りに落とされた身体を受け止めた悪魔は、そっと人間の頭を撫でると半歩後ろに下がった。
『願いが無いのならば、人間。私は帰るよ。もう私の様なモノを呼び出してはいけないよ。私なぞを呼び出さなくても、生きて行ける力が人間にはあるのだから』
そう言って悪魔は微笑んで消えた。
残されたのは涙を眦に浮かべながら穏やかな眠りにつく恋人を失った人間と、咲き誇り続ける一輪の花だけ。
【追記】