この身捧げても | ナノ


温もりの中

ちょっとした喧嘩/回顧/甘
-----

 コタツって、イイ。
 いつも眠たげな表情をとろんと緩ませて、彼はそう言った。
 その蕩けた表情がエロかったとか本人には言えない。
 その満ち足りた表情を見たいが為に、炬燵を買って自室に置いただなんて尚更言えない。
 届いた次の日にさっそく家に呼んで、炬燵を見つけたお前の驚きと喜びの表情が見れて死ぬほど幸せだっただなんてことは、墓場まで持って行く事にしよう。
「ああう……コタツ……」
 炬燵布団に入り、天板にぴとりと頬をつけた喜一は幸せそうに目を細めた。
 元から来る頻度はそれなりに多かったが、炬燵を買った日から毎日の様に喜一が家に来る。炬燵さまさまだ。
「本当に炬燵好きだな」
「うん、好きぃ」
 喜一がこんな風に直ぐに好きと答えるのは珍しい。他の物なら答えるまでに少し悩む。俺は別にして。
「俺は?」
「好き」
 ほらな、とばかりにその答えに満足して喉奥で笑ったが、ふと気になった。
「じゃあ炬燵と俺、どっちが好きだ?」
「……うーん……」
 え、そこで悩むのかよ!
 今までそんな事が無かったから半ば呆然と喜一の顔を見ると、眉間に皺を寄せて心底悩んでいる様子。
 う、うそだろ……。
 さっきまで褒めそやした炬燵にふつふつと嫉妬の念が湧き上がる。
 自分が買ってきた物に、それも無機物に嫉妬するなんてどうかと思うが仕方がない。
 本当に、喜一が『俺』と答えるのに悩むなんて、今までなかったのだから。
 だんだんその嫉妬は、喜一への苛立ちに移行する。
 大体おかしいだろ、普通彼氏と無機物を秤にかけて悩むか普通!こんな物夏には用済みになるだけだろうが!

「……そうだ、俺ちょっとコンビニ行ってくるわ」
「……え?じゃあオレも行く……」
 気分が悪くなって炬燵から抜け出ると、部屋のドアノブに手を掛けた。
 喜一が慌てて一緒に付いて来ようとするのを、冷めた目で見る。
「良い。すぐに戻るからお前は出てくんな。好きな炬燵に入って待ってろ」
 硬くなってしまった声でそう言いのけると、そのまま喜一を見ずに部屋を出る。
 後ろで「ミネ……?ミネっ」と切羽詰まった様に呼ぶ声が聴こえたが、聴こえないふりをしてドアを閉めた。




 頬を掠める風が冷たい。
 眉根に皺を寄せながら、歩いて十分程の所にあるコンビニに入る。
 余程凶悪な顔をしていたのか、入った瞬間に「いらっしゃいませー」と間延びした声で迎えつつ俺の方を見た店員が、ひっと小さく息を呑んだ。
 マフラーに隠れた口の中で小さく舌打ちをすると、人気の少ないコンビニ内を当ても無くぶらぶらする。
 喜一が恋愛感情を抱いて俺と付き合い始めた訳ではないのは、重々分かっていた。
 それは俺を時折り酷く不安にさせた。俺の噂を喜一は知っているだろうし、目つきも良いとは言い難い。
 もしかして恐怖故に俺の側にいるんじゃないか。本当は俺から離れたいのを、俺が縛り付けているんじゃないかと思ってしまう。
 ――…それでも良い。それでも良いから俺の傍に置いていたいと思う俺は最悪だ。
 愛しい人の幸せを第一に願えない。縛り付けて、ずっと傍に置いていたい。

 喜一は彼が良く眺める空や雲の様にそこに在りながら、流れて刻々と色や形を変えるそんな不思議な存在だ。
 それが愛おしく、尊敬の念を抱かせると共に、怖い。
 どれだけ抱きしめていてもすり抜けて行く、心がそこに無いような不安。
 俺みたいな小さな存在では、彼の心を縫い止めておく事は出来ないのではないかと怯える。
 喜一が遠くを眺める横顔に惚れ、今はその横顔と眼差しに胸がざわめく。
 ――お前の心は何処にある?お前の目は何を映している?お前は俺が好きか?

 俺を見ろ。俺を見ろ。俺だけを見ろ。

 醜い自分の心の本音を胸中で吐き出しながら店内を物色していて、ふと清涼菓子のコーナーに来て足が止まった。
 煙草を止めてからその代用品として、かなり頻繁にこういう系の菓子を食べていた。
 しかし喜一はこういうミント系の菓子が苦手で、でも付き合い始めの頃の俺はそれは知らなくて良く進めてしまった。
 始めは礼を口にして受け取って、無言でそっとポケットに入れていた喜一。
 いつからだろう。それを小さく笑って自分の口に持って行くようになったのは。
 喜一がそういう刺激の強い味を好まないと知ったのは、喜一の母にあった時だ。

『あら、喜一の友達?珍しいわね、あの子に友達なんて』
 呼び鈴を鳴らして出て来た女性は、喜一に似た顔で眉をちょっと上げるとどうぞ入って。と家の中に俺を招き入れ、そして仕事なのか出て行きざま、俺が持って来たコンビニの袋をちらりと見るとまた眉を上げた。
『あら、喜一炭酸なんて飲めるようになったの』
『え?』
『あの子ミントとか炭酸とか舌に刺激のあるヤツ駄目だったのよ。ガムもあんまり好きじゃなかったわ、確か。そう、食べれるようになったの……』
 それじゃあ申し訳ないけど、鍵をかけといてくれるかしら?と彼女は俺に頼むとヒールを鳴らして玄関から出て行った。
 俺は喜一の部屋に行って、顔を合わせるなり低い声で唸った。
『なんで黙ってた……』
『……何が?』
『お前炭酸駄目だって』
『……ああ……母さんから聞いたの……?』
 目をコンビニの袋に向けると喜一は困ったように眉を下げた。
『うん……苦手だったけど、今はそんなに……』
『俺はお前に無理して食わせたいわけじゃねぇんだよっ!』
 ガンッとコンビニの袋を叩きつける。中に入っていた炭酸飲料や菓子が袋から飛び出した。
『お前は何で何にも言わねぇんだよ!嫌いなら嫌いって言えよ!』
 菓子の事も、俺の事も――。
『……うん。でも、さ』
 喜一はゆるりと頬を緩めた。
『ミネが好きな味でしょ?オレ、ミネがどんな味が好きなのか知りたかったから……』
 腕を伸ばして菓子を拾う喜一。
『それに、ミネがオレにくれたんだから……断るの勿体なくて……』
 照れたようにへにゃっと笑った喜一の顔は今でも忘れない。

 ――ああ、愛されてんだよ。俺は。
 喜一は俺を愛してくれている。最初はどうであれ、今は。
 いつもこうやって喜一の事で不安になって、そうして喜一の優しさを思い出しては救われる。
 そうやって頭が冷えるのと同時に自己嫌悪に襲われた。
 俺はどんだけガキなんだ。たかがそれだけにどうしてあんな態度になるんだよ!
 あああ……と頭を掻き毟って穴を掘って穴に入りたいくらいの羞恥に悶えると、ホットのお茶を二本引っ掴んでレジに置いた。
「あと肉まん二つ」
 彼の冬の好物を買って帰ろう。
 そして帰ったらすぐに謝ろう。
 冷めない様に胸に抱えて店を出ると、ふとちらちらと何かが視界に入る。
「――雪……」
 灰色の空から舞ってくる白に自然と足が速くなった。
 速く、早く帰って喜一に会いたい。
 家に戻ると急いて中々開かない玄関のドアに苛立ちながら鍵を捻り、自分の部屋に駆け足で駆け込んだ。
「喜一ー……その、さっきは……」
 悪かった、と言おうとしたが、喜一が炬燵に突っ伏しているので思わず言葉が止まる。
 まさか寝てしまったかと思ったが、小刻みに肩が動いているのに気がついてコタツの上に袋を置いて、手を伸ばす。
「喜い、ち!?」
 喜一の肩に手を置きぐっと力を掛けて、俺は言葉を失った。
 べそべそと喜一が泣いている。
「ご、ごめん!いや、本当、さっきは俺が大人げなか――」
「帰って、きてくれないかと思ったぁ……っ」
「っ、た……」
 えぐえぐと言葉を切らして喜一が良かった、良かったと繰り返す。
「オレ、また何かやっちゃって……っも、もうミネ帰ってきてくれないかって……っ。待ってろって言われたから待ってて、でも追いかけたくって……っ。ど、どうしたら良いのか分かんなくって……っ」
 オレを置いてかないでと訴える、一人になるのが大嫌いな恋人に俺はもう誠心誠意謝った。




 泣いて若干赤くなった目の淵を指でなぞってやりながら小さく溜息をつく。
 なんで喜一の嫌いな事分かっててやっちまったかな、俺は……!
「本当、ごめんな……悪かった」
「ううん……オレが悪いんだ」
 なぞられながら目を閉じる喜一は、泣いた名残で時々すんすんと鼻をならした。
「オレ、嬉しかったんだ。コタツがミネの家にあって……。だってコタツ、暖かいし、気持ちイイし、それに……」
 ちょんっと俺の脚に何かが触る。それはおずおずと遠慮がちに動かされた。
「ミネと触れるくらい近くに居れるから……」
「……は?」
 思わず指が止まってしまう。
 だからオレ、コタツ好きで……と話している喜一の言葉は右から左へと流れて行く。
「そ、れってさ。俺がいるから炬燵好きってことじゃ……」
「……ん?あれ?」
 そうか、そうなるかと喜一が目をぱっと開けて今気付いたと頷いた。

 なんだ、それ。
 馬鹿か莫迦かバッカかコイツは。思わず今度は俺が突っ伏す。
「し、嫉妬した俺が馬鹿みてぇ……」
 そして俺もバカだ、BAKAだ。
「嫉妬?……コタツに?」
「ああ、そうだ……って!」
 言っちまった!と顔を上げると驚いていた喜一の顔が幸せそうに緩む。
「それ……すごく嬉しい、かも……」
 ――ああ、もう!なんでコイツこんなに……!!!
 俺は盛大に舌打ちをすると、喜一を思いっきり抱きしめた。
「馬ぁ鹿、バカ。大好きだこの馬鹿」
 腕の中に喜一を閉じ込めて繰り返す。
 胸板に押し付けたから、ふがふがと喜一が苦しそうに呻いた。
 ……そのまま俺の腕の中で窒息しろ、と思ったが、ふぐふぐと足掻く喜一が愛おしくて腕を緩めてやる。
 呼吸を整える様に何度か大きく息をした後、喜一が凭れかかって来た。
「ミネ」
「ん?」
「オレね、ミネがいないと多分死んじゃうと思うんだ……」
 猫の様に身体をすり寄せながら喜一が呟いた一言は、温かくて狂おしい感情を溢れださせるには十分だった。
 無言で背中に回した腕の力を強める。
「でもねぇ……」
 喜一は泣きそうな顔をしながら、笑って俺を見上げた。
「オレ、ミネの傍にいると幸せすぎて死にそうなんだ」
「……そうか」
 俺も死にそうだよ、喜一。たかが一つの言葉でここまで心が震えるなんて、以前の俺では考えもしなかった。
 本当に俺は今、幸せなんだ。
 喜一の肩に顔を埋める。
 女みたいに柔らかくない肩。でも女よりも愛おしさを感じる。
「お前は俺の側でずっと生きて、寿命を全うして死ね」
「……今すぐにでも死にそうなんだけど……」
「絶対に許さねぇ」
 無言の喜一の肩に顎を乗せ、声を低める。
「返事は」
「……うん」
 こくりと振られた髪に鼻先をくっつけた。
「……イイ子だ」

 窓の外では雪が降っている。
 明日の休日は一日中炬燵の中で過ごしそうだ。




「あ、肉まん忘れてた」
「え、肉まん?」
「……まあ後で温めれば良いか」

 まだこの温もりの中から出たくない。





- 終 - 



 

[ 戻る ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -