ほのぼの/甘
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目で雲を追う。
ゆっくり流れながら形を変えるそれはとても綺麗だ。秋空はいっそう空が綺麗に見える。
ちなみにオレは絶賛授業サボり中。
「何見てんだ?」
「雲」
「好きか?」
「うーん……」
好き?どうだろうか、と首を傾げると低くて心地良い笑い声と振動が背中から温もりと共に伝わって来た。
屋上でオレはミネの腕と膝に包まれて空を見上げている。
「こっち向け喜一」
「ん」
くるりと腕の中で向きを変えると、空よりもっと綺麗な人が目を細めてオレを見つめる。
その瞳の色の柔らかさに、毎回胸が痛くなるほど嬉しくなった。
「じゃあ俺は?」
「好き」
即答だな、と喉奥で笑うミネ。この笑い方は機嫌が一番良い時の笑い方だ。
風が吹く屋上にこの時期上がると風邪ひくぞ、と言いながらも一緒について来てくれたミネ。
あのね、寒いからオレはミネと来たかったんだ。寒さは人の温もりを更に温かく感じさせるから。
オレとミネの身長差は10cmくらいあるけど、別に小柄な訳ではないからミネの腕の中はかなりいっぱいいっぱいだ。
だからこそミネとより一層くっつけて良いのだけど。
ミネの首筋に顔を埋めて、ミネの香りを胸一杯に吸う。うっすら香る馴染みの香水の匂いと、ミネの汗の匂い……。
「……あれ?」
その中にいつもは香らない匂いを見つけてオレは首を捻った。
「どうした?」
「ミネ、煙の匂いがする」
すんすんと再び首筋に鼻を近づけて嗅ぐ。うん。する。これは……。
「……タバコ?」
更に俺は首を傾げた。ミネはタバコを吸わない。キスを何べんもしているから分かる。
ミネがタバコの煙を浴びるような場所……どこかあるっけ?
「あー……クソッ、ごめんな?それ多分これからだ」
眉根を寄せて本当に苛立たしげに“これ”と言って着ている黒のメンズのカーディガンを引っ張った。
ミネはいつもは灰色だけど別に気にしてなかった。ちなみにオレは茶色。
「貰い物?」
「いや、前着てたヤツ。いつものヤツは汚れたから」
なにで?と首を傾げたら血でという答えが返って来た。
「絡まれたから伸してやったんだけどさ……あ゙ークッソ」
ごめんな?と再度言ってカーディガンを脱ぎ始めたミネを慌てて押し止める。
流石にそれを脱ぐと寒い。それに脱いで貰うほど変な匂いじゃない。むしろ残り香が大人っぽくってミネらしいと思う。
そう伝えるとミネは脱ぐのは止めたけれど眉間に皺を寄せて渋々という空気が漂ってきた。
一体何が気にいらないんだろう。タバコの匂いが残っているからといってオレに謝る必要なんてないのに……。
オレ、タバコ嫌いって言った事あったっけ?と過去を振り返るけど、そんな事言った記憶はない。
「ミネ、タバコ吸ってたんだ?」
答えの出ない疑問は取りあえず放置することに決めて、先程から気になっていた疑問を口にする。
そうしたらミネの眉間の皺が深くなった……あれ、何で?
「……もう吸ってない」
「そっか。……でもミネ、似合いそうだねぇ……」
タバコを吸っている姿はきっとミネを格好良く見せる事だろう。
オレはそれを想像して目を少し細めた。うん。格好良い。一回くらい見てみたいな、あ、でも人には見せて欲しくないな……。
「……嬉しいけどよ。ンな事言ったってお前喘息持ちじゃねぇか」
「え?」
ちょっとびっくりしてミネの顔を見る。
何でミネはオレが喘息持ちなのを知っているのだろうか。
喘息と言ってもこの歳になってから余程のことがあっても息苦しくなるくらいで、発作は起きてないし、人前で発作が起きていたのは小学校までだったからミネは知らない筈だ。
もちろんオレが言ったことも無い。
オレのちょっと驚いた顔を見て、ミネがしまったという顔をした。
「ミネ、なんで……」
「あー、みなまで言うな。……聞いたんだよ、お前の小学校の頃の友達にさ」
お前と付き合う前、お前の事を知りたくて色んな奴にお前の事を聞いた。とミネが若干恥ずかしいのかオレから目を反らす。
「……そ、んな事言ったって、オレと同じ小学校の人ってそんなにいないんじゃ……」
いくらそんなに都会じゃなくて地元校だといっても、高校ともなると同じ小学校の人は少ない。一体どれだけの人にオレの事を聞いたんだ。
「それにお前の部屋に喘息用の吸引器あったしよ」
それに更にびっくりする。
吸引器……って、いつ使うかわからないから押し入れなどにはしまってないけど、かなり目につかないとこに置いてなかったっけ……?
「もし、かして……禁煙、オレのため?」
無言で更に目を反らすという事はイエスだと受け取って良いのだろう。
……ん?でも、アレ?
よくよく考えると初めてのキスした時、タバコの味なんてちっともしなかった。それってつまり大分前から禁煙していたという事だろうか。
アレ?でも禁煙したのはオレの為って事は……アレ?
「ミネ、オレの事いつから好きだったの……?」
「…………高一の春」
「こういち!?」
思わず中々出さない大声を上げてしまった。だって、オレが告白されたのは高二の春だ。
それはつまり一年もオレを想ってくれたという事なんじゃ……?
そんな長い間オレを想ってくれて。オレの為に禁煙して。喘息にきついのは煙なのに残り香が残ってるだけでカーデを脱ごうとして、オレの部屋に置いてある過去の病気の名残にまで気付いてくれて……。
そこにミネの溢れんばかりの愛を感じて、オレは思わず泣きそうになった。
「み、ミネ、大好き……っ」
色んな想いを詰め込んでそう言ってミネに抱きつくと、抱き締め返して「俺も」と言ってくれる。
この人に愛されている自分はどれだけ幸せなんだろう。
「オレ、幸せすぎて怖い、かも…」
そう呟くと小さな笑い声と共に「俺も」と返って来た。
顔を上げて目が合うとどちらともなく額を合わせた。
「「あいしてる」」
ああ、怖い程幸せだ――。唇に笑みを乗せて、そっとオレは目を閉じた。
- 終 -