この身捧げても | ナノ


この身捧げても[2]


 簡易ベッドに力無く腰掛けると、ハナちゃんが心配そうに覗き込んだ。
 ハナちゃんは一人っ子のオレにとっては兄みたいな存在で、オレがミネと付き合ってるのを知っている人でもある。
「体調っていうよりも、精神的に……って感じがするけど、どうした?俺、昼から用事があるからここを空けるけど、それまでは時間あるから相談に乗るよ?」
「……ハナちゃん」
「うん?」
 首を傾げてオレを覗きこんでくれるハナちゃんに、無理矢理笑みを浮かべてみせた。
「ミネね……オレと付き合うの、罰ゲームだったんだって」
 笑っているのに、ぼろぼろと涙が止まらない。
 口は弧を描いているのに、涙は後から後から溢れて来た。
「オ……レ、オレ、大好きだった!今だって好きだよ、全部好き。オレが持ってるの全部ぜんぶミネにあげても良いぐらいに好きなんだ。ミネの笑った顔も、怒った顔も全部好きなのに……す、すき、な……の、に……」
 涙が零れるように言葉と本音が零れる。
 好きなのに、好かれていると思ったのに、ただの茶番だったんだ。
 そこに不思議と怒りはない。あるのは深い深い悲しみだけ。
「本当に好きだったんだよぅ……!!!」
 ……ああ、そう言えばオレ、ミネに『好きだ』って、言われたことなかったっけ。
 その現実が心のヒビを更に広げた。
「どうしたら良いかなぁ……っ。オレ、ミネに捨てられたくないよ、ゲームって分かっててもスキだよ、イヤだよ別れるの。でも罰ゲームって事はさ、ミネはオレと一緒に居るのは嫌なんだよね?オレ、サヨナラした方が良いのかな。そうした方がミネは嬉しいのかなぁ……っ。オレ、オレ馬鹿だから、もう全然わかんな――」
 ぎゅっとハナちゃんに抱き締められて言葉を遮られる。
 ハナちゃんの着ている白衣から、消毒用のアルコールの匂いが微かにした。
「ハナちゃ……?」
「喜一は馬鹿じゃないよ、可愛いイイ子だよ……喜一を馬鹿っていう奴が馬鹿なんだ」
 ハナちゃんの手がオレの髪をゆっくりと梳く。
「喜一、喜一がしたいようにしな。……ね?俺にそれは分からないから、自分と向き合って考えてごらん?でも一つだけアドバイス。……イイ男は北見だけじゃないよ?」
 そう言ってハナちゃんはオレの首に唇を落して『もう本当にダメだと思ったら俺のとこにおいで』と囁いた。




 泣き疲れた赤子のように寝てしまった従弟の横顔を見つめ、溜息を吐く。
 この従弟は自分だけの世界を持っているというか、独特の感覚を持っていていつも夢見心地というか、ぼーっとした目で何かを見ている。
 それが他には奇異に映るらしく、それなりの容姿をしているのに彼の周りは人が少なかった。でも自分にはそれは彼のある一種の才能のような気がしてならない。
 多くの人は馬鹿にするが、そうはどうしても思えなかった。
 弟の様な存在で、愛おしくてたまらない。
 そんな彼に男だとしても恋人が出来たという話を聞いて、驚きながらも彼の世界と彼自身を理解してくれる人が出来たのだと祝福した。
 ……祝福しながら、心が少し痛んだ。
 その痛みでこの不思議な従弟に抱いてのは家族愛だけではなかったのだと初めて気付いた。

 罰ゲームという話を聞いてどろどろとした怒りを感じたが、だがどうしてもそれを信じれない自分もいる。
 彼――北見が喜一を見つめる眼差しには確かに愛情があった気がする。
 それが嘘の物だとはどうしても思えなかった。

 ふと時計を見上げると、もう出かけなければならない時間になっていた。
 染め方が悪いのか、変にパサついてしまった従弟の髪をもう一度撫で、立ちあがる。

 ああ、そうだ。
 咽び泣きがら北見への想いを叫んだ大切な従弟に、俺が出来るものを残しておこう。
「……でもダメだったら俺のとこに直ぐにおいでよ?」
 そう未練がましく呟いてしまうのは、目を瞑って欲しい。




 目が覚め、ゆっくりと目を開ける。
「ハナちゃん……?」
 呟いてみるけれど返事は無い。もう出かけたのだろうか……。
 ベッドの薄いシーツを除け、スリッパを履いてドアに手を掛けた瞬間、ガチャリと音がなって一人でに開いた。いや、ドアの向こうにいた人物が……ミネがドアを開けたのだ。
 ミネはオレの顔を見て一瞬目を見開いたけど、直ぐに不機嫌そうに眉を顰めた。
「俺、待ってろっつったよな?何帰ろうとしてんだよ」
 そう言ってミネは後ろ手に保健室の鍵を閉めると、さっきまで寝ていたベッドにオレを引き摺って行く。
 半ば放り投げ出される形で無理矢理座らせられた。
「昨日から何を隠してる…吐け」
 低く唸られて肩が跳ねる。
 ハナちゃん…オレのしたいようにしろって言っても、オレはミネが嬉しがる事をしたいんだ。それじゃあ、決まってるのは一つだけじゃんか。
「ミネ……あ、のさ」
 睨むミネを、オレは微笑んで見上げた。
「オレ、オ、レ……ミネにベタ惚れ、なんだよ」
 だから無理してゲームを続けなくて良いよ。……もう、クリアしたんだから。
 けれどミネはタネ明かしをするどころか、小さく息を呑むと何故かオレを押し倒した。
「え?」
 驚くオレに「喜一、抱かせろ」と呻るような声が耳に入る。
 ふと、頭の中で、昨日クラスメイトが言っていた『それとも……むっちゃケツが良いとか?』という笑い声が反響した。
 あ、そうか。オレがミネに出来ることが、一つだけあった。
「うん、いいよ。抱いて……?」
 この身体で気持ち良くなってもらうこと。
 逆らわず微笑めば、ミネの手が俺のシャツを引き剥がした。


「んちゅ……ん、む……ん、ん……っ」
 必死に目の前の竿に舌を絡める。裏筋に舌を這わし、カリ首にキスを落して鈴口を舐める。
 ぴくぴくと反応してくれるそれが嬉しくて、更に奥まで咥え込んだ。
「……っは、めずらしい……っどうした喜一……っ、そんなに舐めしゃぶって、よっ」
 快楽に耐えるような声を洩らしてミネが笑う。
 気持ちイイんだよね?良かった……。
 ほっと安堵しながらペニスから口を離して、横たわっているミネを跨ぐ。
「ミネはじっとしててね……?」
 目で笑って、オレはミネの大きなペニスの上に腰を落した。
「は?ちょ、待てまだ……っあ、くっ」
 慌てたようにミネが俺を止めようとしたけど、それより先にオレの後孔はミネのペニスの先を呑み込んでいた。
(――でもまだ全部じゃ、ない……っ。)
 何時もは、ミネがどろどろになるまで解してくれるから痛くないのだけど、やっぱり自分の指一本と、唾液で解しただけじゃ足りなかったみたいだ。
 みりみりと身を裂く痛みで、背中には脂汗が流れる。
 どうにか全部納めると、直ぐにオレは腰を振った。
 早くミネに気持ち良くなってもらわなくちゃ……。
「馬鹿、きい……ち!ゴム付けてねぇ、しっ、う……っ、そんな早くに腰振るんじゃね……ぇっまだ馴染んでねぇだろがっ」
 どうにかオレを止めようと腰に手を当てるミネ。
 大丈夫だよ、ミネ。それをしないと困るのはオレだからさ……ミネは快感だけ追って?ね?
「気持ちイイ?ねぇ……っ、ミネ、ミネぇ……っあっ」
 必死で腰を振るうとぐちゃぐちゃという音が耳に入った。
 でもその音と共に来るいつもの快楽は無く、激痛だけ。
「ちょ、待て、待てって……っ!」
 あ、名前呼んじゃいけないかな。そうだよね、コイビトでもないのに呼ばれたら嫌だよね。
「オレでいっぱい気持ちヨくなってね……っ」
 だってオレに出来るのってこれしか浮かばないんだ。
 ああ、でも嫌いな奴に挿れるのって気持ち悪いかなぁ。そもそも俺、男だし。
 何度でも良いからオレに挿れて。
 中出ししてもイイよ、処理は自分で出来るからね。
 ミネは、北見は気持ちヨくだけなって。
 オレで……。

 オ、レで……。

 ぼろぼろと涙が頬を伝う。

 気持ち良く無いよ、ミネ。
 痛い……痛いよ……。
 ミネと繋がってるのに、悲しいよ……。
 オレの願いなんて一つだよ、オレを……オレを……。
 ――あいしてよ……。

「止まれって、言ってんだろうが!!!」

 バキィッ!!!

 思いきり殴られ、勢いでずるりと後孔からペニスが抜ける。
「あ、あ……あ、ごめ、ごめんなさ、い……」
 しまった。全然ミネの声が聞こえてなかった。
 ど、どうしよう、どうしよう。ミネを怒らせてしまった。
「お前ばっかじゃねぇか!?テメェのケツの穴切らしながら腰振るなよ!!」
 え、切れてる?き、気付かなかった。
 どうしよう、ミネがオレを捨てる。
「ごめんね、ごめん、ミ……北見。次はもっと気持ち良くするから……っ」
「……喜一?」
「オレ、頑張る。ねぇ、何したら良い?ねぇ……オレ、」
「おい、どうしたんだよ、お前変だぞ……」
「だから、捨てないで……っ、罰ゲームでも良い。セフレとかじゃなくても良い、ただの性欲処理の道具でイイから……っ」

 ミネが止まった。

「ごめんねっ、オレ、オレなんかが北見を好きになって……っ、でも大好きなんだ。き、気持ち悪くて、ごめんなさい。でもオレ、北見に捨てられたら……もう……ごめん。お願い、捨てないで、オレを捨てないで……っ」
「き、いち……お前、その話どこで」
「ごめんなさい。ごめんなさい。イヤ、捨てないで……ぇ」
「喜一、喜一!もう良い……良いんだ、違う。お前は……!」
 蹲って謝るオレの頭を、ミネが掻き抱く。
 ミネの汗の匂いと香水の良い匂いに、今までの思い出が重なって涙が零れた。
「違う、俺は罰ゲームじゃなくて……いや、そうだったけど、そうじゃなくて……っ」
 ミネの肩が震えていた。パタパタと背中に温かい何かが降りかかる。
「ごめんな、俺が追い詰めてたのか。違うんだ、お前は……そうじゃない、俺はお前の事が

好きだ」

 ……え?

「み、みね……?」
「好きだ。大好きだ、本当だ。嘘じゃない」

 頬を伝う水滴は灰色の瞳の眦から出てきている。ミネが、泣いている。

「ごめんな、俺、言ってやってなかったな。好きだ。俺は、お前を何よりも、愛してる」

 あいしてる。

「……う……ぁあ、……――!!!!!」

 オレは欲しかった言葉を貰って、大声で泣いた。
 凄く、すごく嬉しかった。
 今までで、これ以上嬉しく思った事はないくらいに。




 その後、オレは切ったところに薬を塗らせろと言われて、ミネに薬を塗ってもらって、それから土下座をせんばかりの勢いのミネに説明をしてもらった。
 なんでもミネは前からオレが好きだったらしい。
「いつもぼーっとして、でも時折笑う顔がすげぇ好きで……」
 それを聞いた戸川先輩に、『今からゲームをして、負けたらその好きな子に告白して来い。ついでにメロメロに惚れさせてこい』と言われたそうだ。
「そ、そういう罰ゲーム……」
 唖然と呟く。つまり俺の早とちりだったということなんじゃ……。
「ごめん……ミネにちゃんと訊けば、オレ……」
「謝んな。俺がちゃんと言葉にしてやらなかったのが悪ぃんだ」
 あいしてるからな。
 ミネが俺の耳に吹き込むように囁いた。
「うん……うん。オレも」
 幸せで小さく微笑む。


「ところで」
「何?」
「お前、あの保険医と何もなかっただろうな?」
「ハナちゃんと?何が?」
「その反応なら何もないか……?」
 ぶつぶつとミネが呟いた。
「あいつから保健室の鍵を貰ったんだよ」

『はい、今回だけ貸してあげる。お前の為じゃないからね、喜一の為だから』
 無表情で保険医は俺に鍵を押し付けると、去っていった。
 去り際に、『次泣かせたら一発殴って、喜一は貰うから』と囁いて。




「倉沢 喜一」
「うん?」
「俺とこれからもずっと付き合えよ」
「……うん」
 笑顔が零れ出る。
「大好きだよ……ミネ」


 オレは君が大好きです。
 この身捧げつくしても良いくらいに。





- 終 - 
2010.11.14


prev 

[ 戻る ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -