この身捧げても | ナノ


この身捧げても

不良×アホ健気/切甘→甘々/R18
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 フェンスの向こうを眺める。ずーっと、ぼーっと。
 特に何を見ている訳でもない。敷いて言えば空、だろうか。
 こんなんだからオレ、頭緩いとか、阿保とか言われるんだろうなぁ……。
「何見てんだ?」
「空ぁ」
 突然背中から聞こえた声に驚く事もなく、ぼんやりと答えた。
「好きか、空」
「別にぃ……」
 背中の声は、じゃあなんで見てんだよと呆れた様子だ。
 なんでって……綺麗だから、だろうか。
倉沢 喜一くらさわ きいち
「うん?」
 何故かフルネームを呼ばれて、それに振り向くと、学内で知らない人はいないくらい有名な人が不敵な笑みを浮かべて立っていた。ただしオレは彼と初会話だ。クラスは同じだけど。
「なぁ、俺と付き合えよ。」
「……うん?」

 ……あれ、オレ、女の子に見える?


 あれは驚いたなあ、なんて三ヵ月前の出来ごとを思い出しながら、オレは自分の隣で眠る男の顔を見つめた。
 北見 峰きたみ みね
 一匹オオカミの不良として校内で有名な人。
 あ、でも一匹オオカミだからって友達がいないとかじゃない。むしろ多いんじゃないかな……。カリスマって言うのか、皆がミネに惹きつけられていく。
 俺もその一人だけど……それも多分筆頭だ。

 急に告白されて、男だから無理だと至って普通に答えたら、その場でなんとベロちゅーされて、そのテクニックに骨抜きにされて、すっごい色っぽい笑顔で「付き合え、な?悪くはしないから」と言われてオレは思わずこくりと首を縦に振っていた。
 だって、凄くその笑顔が綺麗だったんだ。
 ……いや、まあ……ちゅーも気持ち良かったけど。

 最初はまあ相手が飽きるまで、くらいで何にも思わなかったのに、側にいる時間が増えるにつれてオレはミネに惚れていった。
 だって校内一有名で、格好良くて、皆が惹きつけられるような相手にバカなオレが太刀打ちできると思う?そんなのムリでしょ?実際ムリだったし。
 今では側にいるだけで心臓がバクバク言うし、触られると変な声出そうになるし、もう身も心もぞっこん。

「ミネー……ミネー……起きてー」
 ゆさゆさと揺さぶると、まだ眠りの淵にいるミネの眉間に皺が寄る。
 連続ピアスがオレが揺さぶるのと連動してふるふると震えた。
「ミネぇ」
「うっせぇなぁ……」
 そう言いながらも喉奥で笑って、シルバーリングを嵌めた長い指がオレの茶色に染められてパサついた髪を撫でた。
 ミネに綺麗じゃない所なんてない。サラサラの黒髪も、長い手足も、お父さんがハーフらしくて、見ようによっては灰色に見える瞳も、全部ぜんぶ綺麗だ。
 そんな綺麗な人が何で男のオレなんかと付き合ってるんだろうと不思議に思う。ゲイだとしても、もっと選びようがあると思うんだけど。
「おはよ……喜一」
「うん、おはよう。……ミネ、オレお腹空いた」
「自分で作れよ……」
 自分で作れないこともないが、ミネの料理は母さんよりも美味くて出来ることならばとねだってしまう。
 苦笑しながらミネは上半身を起こしてオレの額に口付けた。キザっぽくみえるそんな仕草も様になっていて、もうメロメロだ。ああ、本当に好き……。
「腰とか腹、痛くねぇ?昨日は中に出してねぇけど」
「重いけど、大丈夫」
 そうかと言ってミネは微笑んだ。
「じゃあまだ少し横になってろ。朝メシ出来たら呼ぶから」
 そういって裸のまま部屋を出ていくミネ。その後ろ姿ですら格好良い。本当、なんで俺なんかと付き合っているんだろう。

 その疑問は、ある日最悪の形で解決することとなった。




「あ……」
 放課後、学校の玄関で思わず上げた声にミネがすぐに反応する。
「ん?どうした?」
「プリント忘れて来た」
「どの」
「数学……」
「おま……それ明日提出のやつだろ」
 呆れた顔でミネがオレを見る。
「ほら、ここで待っててやるから取って来い」
「うう、めんどい……」
「行って来い」
 びしっと指をさされて、オレはハウスと言われた犬よろしく、とぼとぼと今歩いて来た廊下を戻った。
 ミネは勉強の出来る不良だ。オレの勉強だって見てくれる。勉強出来る不良って、オレの偏見崩れたなぁ。
 というか、ミネと一緒にいると色々とビックリすることが多い。
 学校もほとんど毎日来るし、あ、でも授業は時々サボってるけど……。頭はイイし、勉強するし、普通に人と接してるし、はっきり言ってちょいワルで凄く喧嘩の強い人……って感じ?
 不良ってもっと……えーっと、なんて言うの?そう、排他的かと思ってた。
 まあ、オレはミネがなんでもスキだけどね……。
「……あれ、プリント……。そういえば……」
 教室のドアの前でそういえば教科書に挟んだ気もして、カバンの中を漁る。
「あったー……」
 国語の教科書の間から、四つ折りになったプリントが出てきた。なんでこんなとこに入ってるんだろう。
 無駄に歩いてしまった事を後悔して踵を返そうとした時、教室に誰か残っていたみたいで声が聞こえて来た。
 別にいつもなら気にしないんだけど、ミネの名前が聞こえて来たから止まって耳を傾ける。
「北見って倉沢と付き合ってるってマジかよ?」
 あっけらかんとした声で言われた内容に思わずぎょっとする。自分は元々変人扱いされているので良いけど、ミネはどうなのだろうか。……いや、ミネも余り気にしなさそうだけど。
「え!?北見ってゲイ!?……ってよりによって相手倉沢かよ!?何で?」
「あれ、お前ら知らねぇの?北見が倉沢と付き合ってるのは――罰ゲームだぜ?」

 ……え?

 想定外の言葉に目を見開く。
 ばつゲーム?オレと付き合うのが?
 ど、どう、いう……こ、と……?

「戸川っているじゃん?三年の先輩で」
「あー、はいはいあのノリのイイ人ね」
「三ヶ月前くらいだったかなあ。あの人のゲームで負けて、その罰ゲームなんだってさ“告白して、惚れさせる”っての」
「うーわーなにそれ、えげつなくね?男でやるっていうのが特に。北見かっわいそうだなぁ」
「それもその男が倉沢……戸川先輩チョイスが鬼畜だろ」
「俺、倉沢でとか勃たないし」
「あっは、お前何考えてんだよ!でもさ、三ヵ月も付き合ってるってのはまだ倉沢が落ちて無いって事か?それとも……むっちゃケツが良いとか?」
 うわーお前こそ何考えてるんだよーという言葉を背に、オレはふらふらと教室を離れた。


 じゃりじゃりと砂を踏んで帰る。
「……あ、スリッパのまんまだ」
 そのまま帰ろうとして、玄関でミネが待ってる事を思い出し、身体が動くまま一階の窓から外に出ると歩いて家に帰って来てしまった。
 玄関を開けると誰もいない。両親は共働きだし、オレは一人っ子だから。
 オレが何を考えているのか分からないから、周りの皆が気持ち悪いと言っているのは知っていた。
 別に気にしてはいなかったけど、まさか罰ゲームとして告白されていたなんて気付かなかった。

 惰性で部屋に入り、ベッドに座るとくしゃりと髪を掴む。
 譫言のようにミネ、と名前が口から零れた。
「ミネ……だって、ミネ、オレに優しかった。抱きしめてくれた、キスだって……なんで?オレ、オレ……ミネ……」
 何を言ってるのか、何を考えているのか分からなくなって、オレは着替えもせずにその日はそのまま寝てしまった。




 目が覚めて、時計を見たら四時十二分だった。こんな時間に目が覚めたの初めてだ……。
 まだ頭が重い、眠れそうには無い。
 ベッドの上で座り込んだままぼんやりと宙を眺めていたが、目の端にチカチカと忙しく瞬く物が入って目を向ける。
 それは着信を伝える携帯のライトで、パチンと開けば着信とメールが大量に入っていた。
 全部がミネからで、最初は『まだか?』『どこにいる?』等のメール文だったのが、段々苛立ちと怒りが読み取れる内容になり、最後には『明日の朝迎えに行くから待っとけ』と端的に締められていた。
 ざっと全部に目を通すと、どうやらあの後、家にまで来てくれたようだ。
 鍵も締めてあったし、電気もつけて無くて呼び鈴を鳴らされても寝てて気づかなかったからすぐに帰ったみたいだけど……。
「罰ゲームの相手に、どうしてそこまでしてくれるの……」
 ぽつりと小さく呟く。
 止めてよ、オレ馬鹿だから誤解しちゃうよ。いや、誤解させるのが目的なんだっけ。
 携帯をのろのろと閉じると、着っぱなしの服を脱いでシャワーを浴びにいった。


 蛇口を捻るとまだ温もりきらない水が降り注ぐ。
 頭が濡れて行く感覚と同時に頭が冴えていった。

 ミネは罰ゲームだからオレの側にいてくれたんだ。……ああそうか、だからミネなんかがオレの恋人だったのか。
 今まで不思議に思っていたことの辻褄が合ってしまうのが、とても悲しい。
「全部、夢だったんだ」
 幸せな夢だったなぁ……と目を閉じると、眦を温い水が伝って落ちた。


 家は六時半に出た。
 だってそうでもしないと、迎えに来たミネと顔を合わせ無いといけなくなってしまう。

 着いたのは七時前で、もちろん余りの早さに学校はガランとしていた。
 席に座って机にぺっとりと頬をつける。

 どうしたらイイんだろう。
 ミネと別れた方がいいのかな……。そうだよね……。
 でもオレから「別れて」って振っちゃったらダメなんじゃないかな……ゲームとして。
 あ、そういえばゲームは『俺が惚れたら』終わりなんだっけ……じゃあミネにそう伝えればミネのほうからサヨナラを言うのかな。

「……ずっと前からベタ惚れだったんだけどな」
 不思議と憎しみや怒りは湧いてこない。ただただ、湧き上がる悲しみを納得と感謝で誤魔化すだけだ。
 ――神サマ、甘い夢をありがとう。オレ、一生大切にするよ。
 瞼を閉じたオレは、そのまま眠ってしまった。


 ガツンという衝撃で目が覚める。驚いて目を開けると、そこには物凄く不機嫌な顔のミネが立っていた。今の衝撃は机を蹴られたみたいだ。
「喜一……。手前ぇマジふざけんなよ」
 地を這うような低い声でミネが唸る。
 当たり前だ。昨日は待っていたのに置いて行かれて、朝は先に行ってしまったのだから。

 でもそんな事どうでも良かった。
 オレの決意はミネの顔を見た瞬間に、風に吹かれた塵みたいにあっという間に崩れていってしまった。

 ああ、ダメだ。
 オレやっぱりミネが好きだ。そんな簡単に諦めれる訳無いじゃないか。

 それを思うと同時に、これは罰ゲームなんだという悲しみで胸がぎゅうっと痛くなった。
「お、おい、喜一!?何泣いてんだんだよ!?」
 ミネが驚いた顔でオレの顔を手の平で包み込む。
 なんで優しくするの……って、分かってるでしょ、惚れさせるためだってば。

 ミネ、オレ、ミネにベタ惚れ。
 もう、本当に大好き。

 だから伝えなきゃ。終わりを告げる言葉を。
 『惚れている』からもう、無理してゲームを続けなくてもいいんだよって。
「ミ……ネ……オ、オレ……」
「どこか痛いのか?!苦しいとかか!?オイ、喜一!?」
 胸が痛いよ、苦しいよ……ミネ……。
 ぎゅうっと自分の胸を掴むと、ミネはオレの腕をとって保健室に連行していった。

 ああ、やっぱり言えない。
 ゲームでも良い。ミネに傍にいて欲しい……。




「オイ保険医!」
 ガタン!!と大きな音を立ててミネがドアを開けた。
 そこには眠たげな表情をした先生が座っていたけど、オレを見て慌てて近寄って来る。
「どうしたの、喜一」
「ハナちゃん……」
 オレは泣きながら先生……オレの従兄の花江 三樹はなえ みつきを見上げた。
「とにかく、喜一はベッドに……北見は戻って良いよ」
「俺も残る」
 ミネは何故かハナちゃんが嫌いで、ハナちゃんの言葉には全部逆らう態度をとる。
 いつもならオレの傍にいてくれるというだけで嬉しいのだけど、今はミネの前に居たくなかった。
 これ以上こんな不安定な気持ちのままでいたら、ミネがゲームの終わりを告げてしまうかもしれない。
「戻って……ミネ……」
 初めてオレから帰ってと言った事にミネの目が見開かれたが、その後酷く不機嫌な顔で襟を掴まれた。
 首が絞められて苦しい。
「てめぇ昨日からおかしいんだよ、何隠してやがる!!」
「やめろ、北見」
 ぶらりとなされるがままのオレに見かねて、ハナちゃんがガシリとその腕を掴んで止めてくれた。
「喜一は今体調がすぐれないからここに来たんだろう?そんな状態の相手に掴みかかるな」
 ハナちゃんをぎろりと見据えた後、苛立たしげにミネは舌打ちしながらオレを睨みつける。
「良いか?迎えに来るからそれまで絶対にここから離れるんじゃねぇぞ!!」
 そう怒鳴って出て行ったミネを見届け、ハナちゃんが心配そうにこちらを振り返った。
「喜一……どうしたの?何かあった?」


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