▼ would have done
もしかしたらあり得たかもしれない結末。男は猟銃を背負い、森の中へ入った。
猟を生業としているのではない。しかし、最近良からぬ噂が耳に入るのだ。
――村の裏の森に、魔物が棲みついた、と。
男は魔物など信じていなかった。他から来た獣でも居ついたのだろう、と。
しかしそれはそれで問題だ。男は薬草採りで、この森にしか自生しない植物もあるのだ。森に入れなくなるのは困る。
だから今日は獣退治に乗り出したのだ。
なに、腕には多少自信があるから大丈夫だろう、と過信して。
森はいつもと変わらない様子だった。
小鳥も飛んでいれば、動物の様子も普通だ。植物が踏み荒らされたり、枯れているということもない。
なんだ、ただの杞憂だったか、と安堵して歩を進めていると、森の奥にある泉に辿り着いた。
水でも飲んでいくか、と思った男の目に飛び込んできた光景に、思わず息を呑む。
一人の少年が、裸で水浴びをしていた。
同じ性を持つ人間だ。
だというのに、その白い肌と、目を魅かれる整った相貌。しなやかな肢体は、森の中で余りに美しかった。
妖精だ、と迷いもせず思ったほどだ。
しかし、余りの生々しいその姿に、いや人間だ、と思い直す。
――いや、本当に人間だろうか。
一見清らかであるのに、そこはかとなく艶めかしい。
それに気づいてしまえば、男の下肢に微かに熱が灯ってしまうほどに。
ふと少年が顔を上げ、菫の花のような美しく煌めく瞳を、彼の後ろに向ける。
それにつられ、男も視線を向け――頭から冷水を浴びせかけられたような心地になった。
そこには、化け物がいた。
赤黒くおぞましい肉の塊。
それがうぞうぞと蠢き、触手を少年へと伸ばされている。
男は猟銃を構えると走り出し、触手に向けた。
ハッと少年がこちらを見るのと、男が引き金を引いたのは同時だった。
「――ダメ!!!」
ダァン! と、弾が放たれる音と同時に、何か硬質な物が砕ける音がした。
「……な、っ」
男は言葉を失った。
まるで触手を庇うように広げた少年の左腕に放った弾丸は当たり、そして少年の腕は――
ぱらぱらと青く光る欠片を零し、少年が砕けた左腕を顔を歪めて庇う。
その後ろで、赤黒い肉の化け物が激しくのたうち、凄まじい勢いで男へと触手を伸ばそうとした。
「ラーシュ、だめ……!!」
「ばっ、化け物!!!」
再び少年が、次は違う方へ制止の声をあげるのと、男が叫び、逃げ去るのは同時だった。
「ダメです、マスター。落ち着いて」
うぞうぞと激しく蠢く触手の塊に寄り添い、少年は宥めるように声をかけた。
「僕は大丈夫です。くっつけていれば、直りますから。ね?」
もう昔のように人の姿を残している部分はなく、夜が明けてもその姿は元に戻ることはない。
「……大丈夫ですよ、マスター。あの人は、腕が取れた僕を見て化け物だと言ったんです」
人の言葉など、とうの昔に失ってしまったそれに、少年の姿をした人形は寄り添い、微笑んだ。
言葉など彼には不要だった。触れていれば、彼の感情がすぐにわかった。
憤りと、心配と、悲しみ。
「でもそうですね、マスターの言う通り、ここからは離れた方が良いかもしれません」
ここでなら、ゆっくり過ごせると思ったんですけどダメでしたね、と人形は残念そうに笑った。
「次はどこへ行きましょうか、マスター。大丈夫。どこまでも、一緒ですよ」
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