物語の結末 | ナノ


▼ could have done
 こんな世界もあり得たかもしれない結末。

 人形ドールは、所有者が死を迎えると、眠りにつくという。
 ならば、所有者を持たず動いている彼は一体どうなるのだろう、とヴォーランデルは愛おしい人形を見つめた。
 名を与えられ、人形という枠組みから外れてしまった彼。
 生物ではない彼と、辛うじてではあるが生物という枠組みである己。普通に考えれば、ヴォーランデルの方が先に死ぬだろう。
 現在、彼は自ら望んでヴォーランデルの傍にいるが、ヴォーランデルの死後はどうなるのか。

 どこかへ旅に出るのか。街で独り生活していくのか。――それとも、新しく寄り添う人間をみつけるのだろうか。
 どうしようと、彼の。エズラの勝手だ。
 理解している。それだというのに。
 彼が誰か他の人間の傍で微笑んでいることを考えるだけで、嫉妬で狂いそうになる。
 死後も彼を縛るなんてことは、傲慢以外の何物でもない。既に、今彼を己自身に縛りつけているというのに。
 それでも、ああ。
(――私は、罪深い)

 エズラの両手を握り、ヴォーランデルは膝をついた。
 菫青の瞳が柔らかく細められ、彼を見つめる。
「……頼みが、ある」
「はい、なんでしょう。マスター」
 ヴォーランデルは奥歯を噛みしめると、おずおずと口を開いた。
「……嫌なら、拒みなさい。……けれど、受け入れてくれるというなら、どうか――」




 拒むことなどない、と解っていたのだ。
 彼は優しいから。
 それがどれだけエゴに塗れていようと。どれだけ永い時がかかるかわからなくても。どれだけ保証がなくても。
 必ず頷いてくれると。

 分厚く埃を被っている黒塗りの箱。
 その埃を袖で拭い、蓋を開ければ、死体かと見紛うような美しい人形が横たわっていた。
「――エズラ」
 名前を呼ばれ、箱に収まっていた人形が目を開ける。
 菫青の瞳に光が灯り、こちらに目線を向けると、綻ぶように微笑んだ。
「おかえりなさい、マスター」
「……ただいま、私の人形ドール


『どうか――私の死後、再び名を呼ばれるまで、眠りについて欲しい』
 誰にも奪われたくない。
 そしてもしも生まれ変わったら、必ず迎えに行くから待っていて欲しい。
 そんな途方もない願いを、彼は嬉しそうに頷き、聞き届けてくれたのだ。





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