青年のおぞましい申し出に拒否の声を上げる間もなく、引き千切る様に服を剥がされた。
ブラウスのボタンが飛んで行くのを目の端で捉える。
「ああ、なんて綺麗な肌……」
「ひっやめっ、お前、いい加減に……!!」
「お前だなんて……。クレウと呼んでください、ね?」
「く、クレウ……っ?」
その名前に聞き覚えがある様な気がして、王子は疑問混じりで名前を呼んだ。
顔に見た記憶は無い。しかしクレウという名――。
「ま、まさか」
隣国の王子の名前がそうでは無かったか。自分より五つ程年上の王子が、隣接している国にいると父が言ってはいなかったか。
その事を聞き出そうと開いた口からは言葉では無く、引き攣った悲鳴。
上だけでは無く、ズボンを取り去り下着までをもずらしたクレウと名乗る男が自分の下生えにうっとりとしながら頬を擦り付けたからだ。
「こちらの方が色が濃いんですね……でも美しい金……」
「止めろ、止めて……っ」
ああそれになんて良い匂いなんでしょうと鼻面を埋めるクレウに恐怖で喉が引き攣れた。
クレウはそのまま舌を伸ばすとざりざりと毛を舐め始めた。
ぬるつく舌が毛をかき混ぜ、皮膚を湿らせてゆく。それどころか口に含むと咀嚼し、引っ張り始めた。
「ひっ、いたっ、痛いっ」
クレウが引っ張る度にチリッとした痛みが走る。
他人からそこに痛みを与えられた事は無く、おまけにこの異常な状況の中。ちょっとした痛みだとしてもパニックに繋がるのは容易かった。
王子の両目から涙が零れる。
大声を出しても城の者が駆けつけて来る気配が無い。クレウが言っていた事は本当なのだろう。
クレウを押しのけて逃げ出したいが、体格差的にそれは難しいだろうし何より恐怖に腰が抜けて動けない。
クレウのうっとりと蕩ける赤の瞳の奥の狂気の様な光りが怖かった。愛情、情欲、崇拝、どれにも似ていてどれでも無い純粋でありながら混沌とした光り。
この男の肩を蹴り飛ばし、逃げればきっと恐ろしい目に自分は会うだろうという確信があった。
そもそも逃げた所であのドアは開くのだろうか。部屋に呪いを掛け、自らの姿さえ変えられる様な力を持つ男がみすみす逃げ口を作っておくだろうか。
震えながら涙を零していると、クレウは口を離し、頬に口を寄せて涙を舐めとりながら囁いた。
「痛いのも苦しいのも嫌ですよね、セイリア王子……。大丈夫、私の言う通りにすれば何も痛くない。とっても気持ち良くしてあげます……」
ね?と小首を傾げて覗き込むクレウ。
この最後のこちらの意見を伺う様に「ね?」と言うのはこの男の癖なのだろうか。訊いているように見せかけて、何一つこちらの意見など耳に入れなどしないが。
自らの今後の運命に絶望しきっていると、そっと頬を大きな手で挟まれた。
「一人は寂しかったですよねセイリア王子……。母親は亡くなり、父親である王様は忙しい。兄弟姉妹もいなければ遊び相手も今まで一人もいない。……ああ違ったか、一度『衛兵と仲良くなった事がありましたね』」
その言葉に弾けるようにクレウの顔を見上げた。
どうしてその事を。
するとクレウはまるで歌うように語り始めた。
「まだ貴方がこんな籠に閉じ込められる様な生活になる前。貴方は衛兵の一人と仲良くなった。街の事について楽しく話をしたり、市場で売られているお菓子をもらったり。
貴方は友達のつもりだった。でも相手は……違った」
その罪な程の美しさに囚われてしまったと語りが続く。
「衛兵に呼び出されたある晩、貴方は犯されそうになった。貴方の声にすぐに人が駆けつけたから良かった物の、その衛兵は死罪。貴方は出られる場所はおろか喋る相手まで決められてしまった……」
「な、何で……」
「全部知っています、全部……。
寂しかったですよね、窮屈でしたよね。再び同じ事が起こらぬようにと王様は目を鋭く尖らせ、使用人達はこの事を恐れて貴方を腫物の様に扱う様になった……。辛かったでしょう……?」
クレウの言葉が胸に染みわたっていく。
どうしてそれを、どうしてお前が。
そう思うのに、見て見ないふりをしていた傷に触れてくるその言葉を求めてしまう。
寂しかった。とっても寂しかった。悲しかった。
誰も気づいてくれないけど、我慢しなくちゃいけなかったんだ。だって僕は王子だから。
「貴方もこの事で自分の容姿がどの様に相手に取られるのか自覚した。そして他人と慣れあう事を止め、心を見せなくなった。もう傷つきたくないから。いえ、相手の為にも止めたんですよね。自分の所為で命を落として欲しくないから……。
優しいセイリア王子……。貴方の優しさが貴方を苦しめた」
「ふ、ぅ……」
甘い言葉が傷に染み込んでいく。それと同時に涙が溢れて止まらなくなった。
ずっと背負って来た重い荷物を、もう良いよと背中から下ろされたような安堵感に包まれる。
引き裂かれた服の間から肌を覗かせる王子を、クレウは身体全体で抱きしめた。
「でももう大丈夫ですよ……。私がいるから。私が傍に居ます。もう悲しい思いも寂しい思いも辛い思いもしなくて良いんですよ」
その言葉につられるように王子が顔を上げれば、優しい笑みを浮かべたクレウと目が合う。
「私は貴方を幸せにするだけの力がある。衛兵みたいに殺されたりなんてしません。そして誰よりも貴方を愛しています……。その場限りでの思いなんかではないんですよ……?セイリア王子」
――ずっと、ずっと貴方だけを見ていたんです。
先程まで紡がれると恐怖すら感じたその言葉のなんて甘美な事か。
自分の苦しみを言い当て、癒すような言葉をくれたクレウに王子は並々ならぬ想いを抱き始めていた。
王子の恐怖が薄れ始め、こちらを窺う様などこか甘えた空気を敏感嗅ぎ取ったクレウは優しく言い募る。
「ね、だから私のお嫁さんになってください。王子。もう二度と寂しい思いをさせないためにも……ね?」
戸惑う様に目を泳がせる王子の頬を固定すると目線を絡めた。
赤の瞳に王子が釘付けになる。
「――……頷いて。ね?大丈夫、優しく……とっても、とっても気持ち良くしてあげますから……」
優しいテノールの響きに促されて王子は小さく、僅かに縦に首を振った。
その瞬間、一瞬だけ赤の瞳が怪しく煌めき、奥の瞳孔が人ならざる形に歪んだ事に王子は気づかなかった。
厭らしい水音が静まり返った室内に響いている。
熱と快楽に霞む頭でどうしてこうなっているのかと思考を巡らすが、考えが纏まらなかった。
服を全部取り払い、俯せになって腰だけを上げるなんとも恥ずかしい格好をさせられて、唾液を纏った長い指に体内を掻き回される度に洩れる声を抱えている枕に染み込ませた。
「……もう良いですね」
「あんっ!」
指が抜かれる感触に思わず枕から口を離して喘ぐ。
その喘ぎにクレウは楽しそうな笑い声を漏らすと、王子の身体を反転させて顔を合わせた。
すでにクレウも服を脱いで引き締まった身体を惜しげもなく晒している。
「これ……なに……?」
その中で最初に目を引く物。クレウの左胸に刻まれている紋様を王子は指でなぞった。
意味の分からない飾り文字、植物の蔦か何かを連想される。
「……何でもありませんよ。私が私であるという証です」
それ以上それについて質問させる気はないのか、クレウは王子の唇を唇で塞ぐとねっとりと舌を絡めた。
咥内に流れ込んで来るクレウの唾液はどこか甘い気がして、不快感が余り無く喉の奥に通せた。
唇を離すと糸が互いの唇を繋ぐ。
「……そろそろ、かな」
ぼそりと口にした呟きの意味が分からず、蕩けた視線で意味を問うがクレウは答えない。
先程までたっぷりと施してくれたキスも愛撫もくれずに、ただ笑みを浮かべて自分を見ているだけ。
こちらを観察している様な目が怖くて、抱きしめてもらおうと腕を伸ばしたその時、王子の身体にじわりと異変が起きた。
「……ぁ……、ぅ?」
じわりじわりと身体の奥が熱くなる。
触れてもらっていた場所が再び触れて欲しいとざわめき出す。
一番疼いているのは掻き回されていた後孔だ。じんじんと熱を持ち、自ら口を開き始めているのが分かった。
「な、なんでぇ……?」
何故。クレウは自分にただ触れていただけだ。怪しい薬など使っていないし、使う素振りも無かった。
ただ手と舌で触れていただけなのに、どうして。
――これではまるで……。
「ちょっと身体を離しただけで寂しくて身体が疼くなんて……セイリア王子は淫乱なんですね」
「っ!!!」
責められる様な内容に涙が滲んだ。
でもその間もどんどん熱が上がって切なく、苦しくなる。――触って欲しくて、仕方が無くなる。
「ああ泣かないで。私はどんな貴方でも好きですから……」
「っほ、ほんと?」
「勿論。嫌いになったりなんかしませんよ。絶対に。だからどこをどうして欲しいのか……ちゃんと教えてくださいね……?」
優しい声音、紡がれる甘い言葉。自分を全て肯定してくれる存在はとても心地良い。そんな存在に飢えていた王子には猶更。
愛と快楽に混ぜて辛さを分かってくれるのは自分だけだと、言い聞かされる。
クレウの仕掛けた見えない罠に全て掛かった王子は、既に彼に依存しきっていた。
彼に拒まれたらと思うだけで、まるで世界に一人きりになってしまったかのような絶望さえ感じる。――この短時間でそうなる様、クレウが仕向けた。
じわりじわりと末端から毒が染み込むように。
「……さ、さわって。お願い、僕にさわって、あつい……っ」
「喜んで」
震える唇で王子が懇願すれば大きな手の平で胸を、足を撫でられる。
ただそれだけなのに背中を反らす程の快楽が身体を巡り、唾液が口端から零れた。
「なか、なかもあつい……っ、あついぃ」
「ナカ?ここですか?」
「ひゃうっ」
つぷっと後孔に指が突き立てられる。
再び戻ってきたそれに歓喜の声を上げるが、……足りない。
「もっとっ、もっと指ちょうだい……っ、あつい、あついからぁあ……!!」
泣きながらせがめば指が増やされるが、欲しい物には足りない。もっと長くて、大きな物で触って欲しい。掻き回して欲しい。
でも一体自分が何を求めているのか分からずに、困惑で涙が止まらなかった。
腫れた瞼が熱く重く、伝う涙の塩分でひりひりと頬が痛む。
「どうしてぇ……っぼく、僕……っ」
「……セイリア王子」
低く呼ばれて顔を上げれば、ぎらぎらとまるで獣の様な目で見下ろしているクレウと目が合う。両手を強く握られ、頭の横で縫い止められた。
「怖がらないで。おかしくなんかないんですよ……私がそうしたんですから」
「ふ、え?」
「……私の名前を呼んで。私が欲しいと言って。……そうすれば貴方が求めているもの全てをあげますから」
切実そうな響きを持って懇願するように。それでいて何かを狙う様に爛々と目を光らせているクレウに身体が震える。
感じているのは恐怖なのか、それともこんな風に求められる事への恍惚なのか分からない。
ただ、もうこの身体の疼きに耐えられる余裕なんて――王子には無かった。
「……クレウっ、クレウが――……欲しい……っ、いたっ!」
言い終わるのと同時に、ちりっとした痛みが掴まれていた左手の甲に走って声を上げる。
何が起こったのか確認しようと左手を上げようとした途端、目の前が真っ白になる快楽に呑み込まれた。
「や、ぁああああぁああ――!!!!」
「んっ、くっ……」
自分の足の間に、クレウの腰がぴったりとくっついている。
彼の髪と同じ色の下生えが当たるのを感じて、クレウの雄が自分の中に入れられた事を理解した。
「あっ、あっあぁああ!!!やぁ、んっ、んっ、ふぁあ!!!」
抉られる度に目の前がちかちかする。
質が良く、普通に寝ているだけでは軋みなど立てないベッドがぎしぎしとスプリングの音を立てる程、強く揺さぶられていた。
「はぁっ、王子。セイリア王子……っ」
「あんっああっんっ、だめ、だめぇ……!!そんな、に、したら……っんぁあっ!!!」
身を捩るが腰を掴まれ逃げられない。
打ち付けられる度に走る快楽は、自分で慰める事しか知らない王子にとっては甘美すぎて辛い物だった。
初めての行為だと言うのに身体を覆う熱が快楽だけを伝え、既に絶頂が近い。
「はぁあ、あぁ、いく、だめイっちゃう……だめ、ぇ……!!」
「良いです、よ……っ好きな時に……っ」
「あ、ぁああああ――っ!!!」
嬌声を上げながら全身をびくつかせて達する。
白濁を自分の腹に撒き散らしながら、同時にクレウが掠れた呻きを上げ、腰を押し付けるのが分かった。
「……え?え、え?」
途端、違和感を覚える。
「……ああ、まだ人間になりきっていなかったのか」
ぼそりと困った様に、それでいて酷く楽しそうにクレウが呟いた。
腹が、膨れていく。
みるみる内とは言わない。筋肉もついていなさそうな薄い腹がうっすらと微かに曲線を描く程度。しかし確実に膨らんでいた。
そしてナカが満たされていく感覚。
「な、なに。なに、これ。なんだよぉ……!!」
「落ち着いて、王子……」
混乱して恐怖に足をばたつかせると、それを押さえつけられる。
「大丈夫、出せば良いだけですから」
「だ、出すって。出すって……」
そう言っている間に再び俯せにして、腰を高く上げさせられた。満ちた腹をクレウの手が優しく撫でる。
「力を入れて……さぁ」
「何でそんな事……っ!」
「出さないと苦しいばかりですよ、ね?」
「あ゙っ!!!」
言葉と同時にぐっと腹を押され、無理矢理力を入れさせられる。
後孔が広がり、ナニかがナカから押し出されるのが分かった。
体内で温められたのか生暖かく、気持ち悪い液体が太腿を伝い、ボタリと共にシーツの上に落ちる音が聞こえる。
粗相をしたのではと、震えながら後ろを向いて王子はひゅっと息を呑んだ。
透明なゼラチン質に覆われた黒い玉。
これは、これはまさか。
「ナカで変化してしまった様ですね……。大丈夫、孵化はしない筈ですからゆっくり出して」
孵化。
「こ、れ。これ、たま、ご……?」
後孔から出ているそれは玉が大きすぎるが、庭にある池で一度見た事のあるカエルの卵と酷似していた。
「ええ。さぁほら」
「え゙っ、やぁ!!あああ!!!!」
ぐっぐっと腹を押されると、中の物が出ようと動くのが分かった。
後孔が押され、口が開く。ボトリとまた一つ粘液を引きながらシーツの上に落ちた。
「あ、あ、み、見るなぁ……!!」
「ふふ、私達の卵を産んでいるみたいですね……」
排泄している所を見られている様で羞恥に身体を赤く染める。
けれど腹部を圧迫されている所為で止まらない。それに――。
「あっ、ふぁっ、んん……っ」
「ん……?ああ、気持ち良いんですか?」
そう。卵が零れ落ちる度に緩やかな快楽が身体を包む
いつしか卵を産み落とす事に夢中になっていた。
「あ、ぅ、ん、んっはぁ……っ」
「後もう少しですよ、力んで……」
「や……ぁ、もう、出な……っんっ」
太腿が快楽でぶるぶると震える。
まだ奥に残っている感覚があるというのに、王子は疲れ切って力むのを止めてしまった。
腹部も元の薄さに戻り、圧迫しても出来らない。
「……どうやら奥の方は連なってるみたいですね」
もう既に腰を上げ続ける気力も無い王子の腰を持ちながらクレウは指を後孔に差し入れた。
指の先に柔らかいゼリー質が触れる。
「セイリア王子……もう一度だけ力を入れて」
「んっ、んんっ」
王子が呻くと指を抜いた後孔から連なった卵の先端が覗くが、それ以上は出てこようとしない。
朱く熟れた縁がひくひくと痙攣し、黒い卵を包む透明なゼリー質を覗かせているのは卑猥極まりなかった。
それをじっと凝視するクレウの瞳が情欲で爛々と光る。
「引っ張り出してあげますからね……」
「え……?えっ?や、やめ」
卵を押し込まないように縁から再度差し入れた指が、ゆっくりと卵を掴んでナカから引きずり出し、少し出た所で手の平で握り込む。
「も、もうやめ……出な、出ないからぁ……!」
「好きなだけ感じて良いですからね」
「や……ひぎっぁああぁあああ!!!!」
青褪めた顔で頭を振る王子に場違いな程爽やかに微笑むと、クレウは卵を思い切り引き抜いた。
ゼリー質の中の卵が後孔を通り抜ける度にごりゅっごりゅっと刺激し、壮絶な快楽が身体を走る。
絶叫の様な嬌声を上げながら白濁を漏らす様に吐き出すと、王子はその場で気絶した。
色々な液体に塗れ、崩れ落ちた細い身体。涙に濡れた頬を優しく拭い、額にキスを落としたクレウの表情は穏やかな物だ。
シーツで王子の身体を包むと、クレウは部屋の窓を開けて外へ出た。
裸足が芝を踏む音に混じり、どこからともなくカエルの鳴き声が響くとガサリガサリと草が揺れカエルが顔を表した。
いたる所から大小色様々なカエルが現れ、クレウが通る道の脇に並ぶ。
――まるで王が通る道を作る様に。
「…セイリア王子、愛しています」
愛情に満ちた言葉が囁かれ、その余韻が消える前に二人の姿は闇に溶けて消えた。
シーツから零れた王子の白い左腕の手の甲には、クレウの左胸に刻まれていた紋様と同じ物が刻まれていたが、それも闇に消えた。
庭に響くのはカエルの声だけ。
- END -
2011.09.16