童子の夜 | ナノ


Der Froschkönig

両生類/産卵プレイ/ヤンデレ微ワンコ×猫かぶり我儘/R18
 乾風アナシ様、相互記念作品。
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 ある日、ある国の王子が庭で毬をついて一人で遊んでいました。
 何故一人かというと、この国の王様は一人息子である王子をそれはそれは可愛がっていて、人の目に晒す事を拒まれたのです。
 なので王子はいつも一人っきり。この庭も王子の為だけに作られた庭。
 白い可愛らしい東屋が置かれた庭には四季折々の花が咲き乱れ、蓮の華が浮く噴水のある池、小さな井戸まであります。
 その庭に木漏れ日を浴びながら佇んでいる少年は確かに美しく可憐としか言いようがありませんでした。
 光りを弾く絹糸の様な金の髪に、緑柱石の色の大きな目。肌は白く、頬はバラ色。ツンと尖った鼻は愛らしく、唇はまるで花びら。上質な絹で出来ている服から覗く華奢な四肢。
 まるで生きているビスクドールの様な容姿の王子様だったのです。
 故に王様の可愛がり様も一入。籠の中の小鳥を愛でる様に大切に大切にされているのでした。



 その白魚の様な美しい指から毬が転がり落ち、跳ねると、あろう事か近くにあった井戸に落ちた。
「あ…っ!」
 鈴が鳴る様な声を上げて慌てて井戸を覗き込む王子。
 いつもはこの井戸は板を被せて蓋をしてある。しかし今日に限って庭師が水をやった際に忘れてしまったのか、板が横に立てかけて口が開いている状態だったのだ。
 いくら小さいと言えど井戸。底は深く、遠い水面にぷかりと毬が浮いてる。
「どうしよう…」
 あれは大切な毬だ。
 何しろ王様が命じて作らせた世界にたった一つしか無い金色の毬。無くしたと言えば王様はお怒りになるか、大層悲しむに違いない。
 それどころか井戸に落とすなど危ないと言って庭で遊ばせてくれないかもしれない。
 困った様に眉を寄せて再び井戸を覗き込む王子の耳に聞き慣れない声が聴こえて来た。
「あのぅ……」
「えっ?」
 小首を傾げる王子。その仕草さえ何とも言えない程愛らしいのだが、それはさておき。
 この庭に入る事を許されているのは庭師とお付きの侍女と育ての乳母だけ。その庭師も自分が庭にいる時は入る事を禁じられているし、出入り口を守っている衛兵も中には入る事はおろか、声を掛けてきた事すら無い。
 ならばこの低い男の声は誰の物なのか。
「あの、えっと……こっち、こっちです」
 声を頼りに顔を向けるが誰もいない。
 動いている物と言ったら花の間を飛び交う鮮やかな蝶と、井戸の縁にちょこんといる緑のカエルくらい。そのカエルが一つ飛び跳ねると口を開いて――。
「あの、私が取ってきて差し上げましょうか……?」
「え……」
 王子は美しい瞳を大きく見開いてまじまじとカエルを見つめた。
 見た所少し大きめだが、ただの普通の緑色のカエル。
「い、今……カエルが……」
「はい。王子様。私が喋っています」
 良く見てみるとカエルは赤い瞳をしていた。
(こんな目の色のカエルだから喋れるのだろうか……。)
 そんな事を思っていると、カエルは一つ跳ねて言葉を続ける。
「落としてしまった毬……。大切な物……なんですよね?私なら取って来れると思います」
「え、ほんと?」
「はい……ただ……」
 申し出にぱぁっと顔を輝かせた王子を見上げ、カエルは赤色の目を動かしながら小首を傾げると
「その代りに私の……お嫁さんになってくれませんか?」
「……は……?」
 思わずあられもない声が出かかったが、口を慌てて噤む王子。
 緑の皮膚で良くわからないが、カエルはほんのりと頬を染めている様に見えた。
「花、嫁、さん……?」
「はい」
「僕、は男だけど……」
「良いんです。ね、お嫁さんになってくれませんか?」
 うっとりと頷くカエルに王子は顔を微かに引き攣らせた。
 花嫁も何も相手はカエル。
 それも指の関節一つ分の大きさの様な小さなカエルでは無く、大人の手の平半分は埋めてしまいそうな大きさ。王子の手では三分の二は埋まってしまうかもしれない。
 ぬらぬらと濡れた緑色の皮膚に、ぐりぐり動く赤色の目。潰れた様な形のそれは美しいと言える姿では無い。むしろ醜いと言っても良い物だった。
 けれどカエルの様子では条件を飲まなければ毬を取って来て貰えそうに無い。
 乳母にも侍女にもきっと毬は取れないだろうし、衛兵に頼んだら王様の耳に入ってしまうかもしれない……。
「……花嫁になったら毬を取ってくれるの?」
「はい、勿論」
「……なら……なっても良いよ、僕」
 交わすのはただの口約束。毬を取って貰った後はどうにでも出来るだろう。
 たかがカエルに何も出来まい。王子はそう考えるとカエルの条件に頷いた。
「本当ですか……!なら直ぐに毬を取って来ますね、待っててください」
 カエルは嬉しそうに飛び跳ねると、井戸の中に飛び込んだ。
 トポーン……という音がして数分、井戸の縁からポンと金の毬が飛び出て来る。
「よい、しょっと……王子様、取って来まし――」
 その後から顔を覗かせたカエルが言葉を全て言い終わる前に、なんと王子は傍にあった木の枝でカエルを再び井戸に突き落とし、立てかけてあった板で井戸に蓋をしてしまった。
 落ちたカエルが何か言った気がしたが、蓋越しでくぐもって何を言っているのか分からない。
 そうして王子は金の毬を拾い上げると振り返りもせずにお城の中へ戻って行った。




 部屋に戻るなり金の毬を放り投げ、ベッドに転がる王子。

「あーあ、僕が何でカエルなんかと結婚しなきゃいけないのさ。気持ち悪っ」
 鈴が鳴る様な綺麗な声音で吐き出した言葉はあの可愛らしい姿からはまるで想像もつかない物だった。
 そう。王様が花よ蝶よと育てた結果、王子の性格は自己中心的な物になってしまっていたのだ。
 自分の美しさを十分に理解している王子は、人前では見た目に違わないしとやかな態度を演じるが、自室に戻るとやれあの国の大臣は五月蠅いだの、やれあの客は不相応な格好だのと悪口を口にするのだった。
「もうあの毬触るのやだなぁ。ベタベタしてそう」
 そう言って枕に顔を埋めていると、ドアがノックされ、乳母が入って来た。
「ばぁや!ねぇ今日はお父様とお食事一緒に――……」
「申し訳ありません王子様。王様は今日もお忙しくて……。今夜もこちらでお食事を……」
「……そう」
 乳母がドアを開くと、使用人達がテキパキとテーブルに夕食の支度を始めた。
 それを悲しそうな目で見つめる王子。
 幼い頃に病で母を亡くした王子は父親である王様をとても慕っている。
 けれども王様は忙しい身。中々食事を共にする事が出来ないばかりか、顔を合わせられる事も稀な程だった。

 食事の支度が終わると皆下がり、一人ぼっちの食卓。
 寂しさに唇を噛みしめながらスープの皿を引き寄せた時。
「お一人だと、寂しいんじゃないですか……?王子様」
 その声に跳び上がらんばかりに驚き、慌てて振り返ると、床にあのカエルが座っていた。
 身体が最初見た時よりもぬらぬらと光っているのは、今さっき井戸から上がって来たばかりだからなのだろうか。
「お、お前……」
「蓋を押し上げるの、大変で……。ああ、責めてるんじゃないんです。だってわざとじゃないから……。私が落ちたのに気付かずに蓋を閉めてしまったんですよね。ね?なら仕方ないです……」
 目をぐりぐりと動かしながらカエルはそう言うとペタッ、ペタッと跳ねて近づいて来た。
 王子様は顔を青ざめさせると思わず身を引いた。
 カエルをわざと突き落とし、蓋を閉めたのは誰の眼から見ても明らか。それをわざとでは無いと言い張り、近寄ってくるカエルに王子は何か狂気に似た何かを感じたのだ。
 人を呼ぼうかとも思ったが、毬を拾った事をカエルに言われては困る。そもそもカエルに対して侵入者だと騒ぎを起こす事が躊躇われた。
「ね、王子様。お一人の食事は寂しいですよね。私もご一緒します」
「え、あ……いや、」
「夫婦ですから何もおかしな事はありませんよ」
「あ……こ、れ。これ、僕の分しか。一人分しかないから……っ」
「大丈夫、ちょっとだけ分けてくれれば良いんです。そんなに食べませんから……」
 王子様のお皿から。と言うカエルを止める術を王子は持っていなかった。


 テーブルに乗って、皿から直にスープを啜るカエル。
 長い舌を何度も伸ばして舐め取る姿は食欲が失せるには十分すぎる物だった。
「僕……もういらない」
「食欲が無いんですか……?体の調子が悪いとか……」
「お風呂入る。それ食べたら今日は帰って」
 カエルの言葉を完全に無視すると、王子はよろよろと備え付けの浴室へ向かった。

 湯を浴びている間もカエルの事で頭が一杯。
(あいつはこれからもずっと僕に付き纏うつもりだろうか。)
 まさか部屋の中にまで入って来るとは。あの滑りを帯びた緑の肌を思い出すだけでぞわりと鳥肌が立つ。
(どうしよう……っ)
 思い切ってお父様に話して排除してもらおうか。いや、忙しいお父様の手をこんな事で煩わせてはいけない。それに全て話したら庭で遊べなく――でも今のままではどちらにしても庭で遊べやしないだろう。何せあのカエルが……ああ、あいつは部屋の中まで入って来るんだった。
 考えすぎて痛み始めた頭を軽く振ると、王子は悩み事をお湯に溶かす様に顔を洗った。
 湯から上がり、部屋に戻ると使用人が片付けたのか食器は既に無かった。
 そしてカエルの姿も。
 その事にほぅっと一息を吐くと、王子は疲れた表情をしてサイドテーブルに置かれた小さな灯りだけを残すと、ベッドに潜り込んだ。
「ああ、疲れた……最悪……」
 身体よりも疲れたのは心。
 そんな心を体ごと上質な柔らかい布団が包み、癒していく――その安らぎの時を、首筋にぴとりと張り付いた気持ちの悪い感触が叩き壊した。
 奇声を上げて飛び起きた王子の目に映ったのは、夜の闇の中小さく光る灯りに照らされた、カエル。
 それがちょこんと枕際に……多分寝ていた自分に寄り添う様な形になっていたのだろう……いた。
「王子様、私も一緒に――」
 カエルがそう言い切るより先に、とうとう頭にきた王子はむんずとカエルを掴み上げると、壁に向かって思い切り叩きつけた。
 響くべちゃりという悍ましい音と、ぐぅという潰れた声。
 暗いために叩きつけた壁とカエルがどうなっているのか分からないが、王子は金切声でそちらに向かって怒鳴り付けた。
「気持ち悪いんだよ……!!お前何しているのか分かっているのか!?図々しいにも程がある!!!
 誰がお前なんかの花嫁になるもんか!寂しいだって!?お前なんかと食事をするくらいなら一人でした方がマシだ!!!」
 怒鳴り終った後、さぁあ……っと王子様は青ざめた。激情に任せて大声を出してしまったが、この声ではきっと城の者に聞こえたに違い無い。
 独り言や胸の内ではあったとしても、今まで自分以外の存在にこんな口を利いた事は無い。こんな言葉使いをしていると知れてしまったら自分は一体――。
「大丈夫、この部屋には防音の呪いを掛けておきましたから……。誰にも、聞こえていません」
「ひっ」
 闇にぼやける部屋の隅、叩きつけた壁から穏やかで低い声が響いて来て王子は悲鳴を上げた。
 何故。あんなに強く叩きつけたというのに、何故まだ喋れるのか。どうしてそこまで穏やかな声が出せるのか。
「ふふ……流石王子様。呪いを解いてくださるなんて……。凄いです」
 ゆらりと暗闇の中で影が立ち上がり、近づいて来る。
 それはカエルなんかではありえない大きさで、恐ろしさにガチガチと王子は歯を鳴らした。
 しかし、その影が灯りに照らされると恐ろしさに勝る驚きに震えが止まり、唖然と口が開く。
 何故ならそこに立っていたのは一人の人間――。
 それも美しく凛々しい容姿の青年だったのだから。
「か、か、カエルは……?」
「王子様……私がそのカエルです」
「え、ええ……?」
 思わず呟いた疑問に返されたとんでも無い答え。
 どちらかというと小柄である自分は勿論、父親である王様よりもずっと背の高い青年は微笑みを浮かべながら近づいて来る。
 近づく程小さな光の近くに来るので、彼がどのような姿をしているのか段々分かった。
 身に纏う服は貴族でも中々手が出せない程上質な物。自分と違い緩やかに波打つ髪は薄い茶色。凛々しい眉とすっと通った高い鼻は意思が強そうな印象を与えるが、垂れがちの柔らかい笑みを浮かべた瞳がそれを緩和して――。
(あ、あ、目が、赤、色……。)
 そこだけカエルの時と同じ色の瞳を見て、本当に彼がカエルだったのだと理解した時には、カエルであった青年は手を伸ばしてベッドの上で腰を抜かしている王子の頬に触れていた。

「ずっと会いたかったんです……。二年前、お城の大きな舞踏会でちらりと貴方を見てから忘れられなかった……。
 でも何度頼んでも貴方のお父様は貴方に合わせてくれなかった。だからこうやって自分に呪いを掛けて会いに来たんです……」
 そろりと頬を撫でる手はまるでカエルのように酷く冷たく、鳥肌が立った。
 伸ばしてくる腕から逃れようと後ずされば、青年はベッドに上がってその間合いをじりじりと詰める。
「や、や、止めろ……!出ていけ……っ」
「王子様……ああ、セイリア王子。……本当に何て愛らしくて美しい……」
「出て行けってば……!」
「貴方が良くいるあの庭……あの庭に入るにはどうしても小さな動物になるしかなかった。でも一度自分に掛けた呪いは自分で解くことが出来ない。そのことを言葉にする事も許されない……。
 解く方法は、他人にその変身した身体を脱ぎ捨てる手助けをしてもらう事……。これは賭けだったんです、セイリア王子。そして私はその賭けに勝った……。運命でしょう?そうは思いませんか?ね?」
 出ていけと繰り返すが必死の余りその声はか細く、小さな物にしかならなかった。
 そんな自分にうっとりと夢見る様な眼差しが向けられている。
 その蕩けた赤い瞳が灯りに照らされてちろちろと光るのが、酷く恐ろしく感じた。
 もうベッドの頭まで追い遣られて、これ以上逃げる事が出来ない。
 それを細身ではあるが高い身長の青年が見下ろせば、まるで覆い被さっている様に思えた。
「だ、誰か……ぁ!!」
「言ったでしょう、この部屋には音を一つも漏らさない呪いが掛けてありますと。大声を出しても誰も私達の邪魔をしに来ない……。嬉しいでしょう。
 ……ずっと傍で見たかった。ずっと貴方に触れたかった。貴方の声を、肌の感触を、体温を、匂いを、全てを感じたくて、私は気も狂わんばかりだったんです……」
 吐息が掛かるほど顔が近づき、赤い唇からてろりと舌を出すと青年は頬を舐めた。
 滑る感覚はあのカエルを思い出させるが、それよりも熱く濡れている。
「ひぃ……っ」
「甘いんですね、セイリア王子……。ああ貴方が私の花嫁だなんて夢の様……」
「ち、違……っ」
「夫婦になったらする事は一つですよね。ね、王子……。

 ……愛を、確かめ合いましょう……?」


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