愛おしい人の腕を掴む。
(死んじゃだめ……!!!)
流れに逆らって力一杯泳いだ。
(だってまだ伝えて無い……!)
好きだと、あの窮屈な水槽の中で貴方だけが僕の支えだったと。
名前を貰ったけど、僕は貴方の名前を知らない。
初めて見た時から好きだったんだ。
大きな掌で僕を覆っていた何かを撫でて、僕と貴方は顔を合わせた。
闇みたいな髪と、同じ色の目をもった優しい人。
寂しい時も、無音で包んでくれるあの夜そのものだと思った。
必死に泳いでいると流れが緩くなり、海に戻れたのだと気付く。
“住処”に戻って、愛しい人を陸地に寝かせた。
青白い顔に上下しない胸。
(ダメ、ダメ、死んではダメ。)
泣きそうになりながら頬を何度か叩くが、反応は無い。
胸を叩き、息を吹き込むと押し出されるように彼の口から溢れる水。そこに朱が混じっていて僕は青ざめた。
これでは彼は息を吹き返した所で長く持たない。
僕達に彼の環境が毒だったように、彼にとって僕たちの環境は毒なのだろう。
彼はどれだけ僕の世界に触れていた?
僕の傍にいて、自分が毒に犯される事も構わずにずっと抱きしめてくれた。
その彼がいなくなってしまう?
(――絶対にダメ…!)
僕は本能が命ずるまま、自分の下肢の鱗を引き剥がすと口に含んで口付けた。
目を開けるとそこは見知らぬ場所だった。
(――あ、れ?)
身体がだるく無い。
上半身を起こして、目を疑った。
目の前に広がるのは地上ではとうの昔に見れなくなった緑溢れる景色だったからだ。
どうやら洞窟内らしく、ぽっかりと開いた天井から曇った日光が降り注いでいる。
そんなに規模は大きく無いが、さながらオアシスの様に輝いて見えた。
「な、なんで――……」
思わず口から零れる疑問。研究班が見つけて無かったのもそうだし、正常な植物が生えているのもそうだ。
震える指で緑を触る。……本物、だ。
あれは実を付けている、あれは花を付けている……どれも美しい。地下でしかお目にかかれない正常な植物が確かに根付いていた。
ぱしゃん……
水の跳ねる音が背後から聞こえて、振り返るとそこには人魚が、マレがいた。
「マレ!」
ざばりと海に入って抱きしめる。
「無事だったのか、良かった……っ」
マレの腕が背に回されてそろそろと俺の背中を擦る。それは俺の体調を案じてくれているようで……。
「マレ、ここは……俺は……」
疑問を口にすると、マレは自分の下肢を上げて俺に見せた。
一か所、鱗を毟った様な所がある。
ハウフルの鱗は研究対象なのだが、余りにも硬く皮膚に張り付いていて採取出来なかった。自らならば取る事ができるのだろうか。
「それを……?」
マレはその毟った後を指し、次に俺の口を指した。
「俺に食わせた?」
それくらいは理解出来たのかマレが頷く。
マレの鱗には何かそういう成分でも含まれているのだろうか。身体が汚染された環境でも順応できるような何か――……。
はっと気付く。
そんな物が人間の手に渡ったらどうする?陸上で生活出来るようになってしまう。
そしてまた更に地上が汚染される――。
「そうか、だから死ぬと下肢だけ腐っていったのか?」
まるで意図されたようなハウフルの作りに愕然とした。
マレが俺に身体をすり寄せる。
「ウ……ウ……ル……」
パクパクと口を開けるが中々声が出ないらしい。彼らには声を出す習慣が無いのだろうか。
「ウ……ア……」
何度か試していたが断念し、自分を指した。
「……ウウ、アウ」
「どうした、マレ」
名前を呼ぶと目を輝かして頷く。
「マレ?」
「あ、エ……」
「マレ……?」
「あ、レ……」
不意に彼が自分の名前を言いたいのだと気付いた。
「マレ」
「ア、レ」
「マレ」
「まレ……まれ……マれ、マレ……」
何度も繰り返してやると、次第に言えるようになって嬉しそうに頬を緩めた。
「ウ……ウ?」
次は俺を指さして首を傾げる。
「俺か?」
「ウ……」
「龍一だ」
どうやら難しいようでもぐもぐと口を何度も動かしているが、さっぱり近づかない。
苦笑してマレの腕を掴むと、俺の口に手を置かせた。聴力、視力、言葉を失った少女が言葉を覚える際、こうやったという話を聞いた事がある。
「形で覚えろ、『龍一』」
「ウウ、イイ」
「『龍一』」
「ルウ、イイ?」
何度も根気よく繰り返す。
「ウー……」
困ったように眉根を寄せたマレは、俺の口の中に指を突っ込んで舌の動きまで確かめて来た。
口の中に入って来た細いそれと、右手を俺の口に、左手を自分の口に突っ込んで、もぐもぐと頑張っているその可愛らしい姿に邪な気持ちが湧いてくる。
口に突っ込んだまま発音の練習をするものだから、唾液がマレの口の端から溢れて伝った。
(――ああ、我慢出来ない。)
びくりとマレの肩が跳ねる。
俺が咥内でマレの指をねっとりと舐めたからだ。
そのまま舌を絡めて細い指を舐めしゃぶる。
「ウ……ウ、ルウ、ル、イチ……っ」
「どうした?」
「ウウ、ウウ……っ」
意地悪く笑って更に舐めた。
慌てて口から手を出そうとしたマレの腕を掴んで咥内に指を残す。
「ほら……言ってみろ。そうしないとこのままだ……『龍一』」
「ウーッ、アア……ル……リュ、イチ……っ」
「ん、良く出来たな」
ご褒美 と腰を引っ掴んで口付けた。
驚いて目を見開くマレはどうしようもなく可愛くて、軽く触れるようなキスをしながらマレの下肢を撫でる。
ガラスのように透き通った滑らかで、硬い鱗に覆われたそれは不思議な感触で心地良い。
触れられるという純粋な喜びは満たされると、繋がりたいという浅ましい欲望に変わった。
自分の足の間にマレを納め、鱗を纏う下肢をゆっくり撫でる。
器官が設置されている場所は違えども構造がイルカと似ているという事は、と目だけずらすとイルカと位置は違うが切れ目が目に入った。
そこだけ鱗が少なく、鱗と同色の柔らかそうな皮膚が覗いている。
人間の逸物があるべき所にあるそれは多分マレの逸物を中に納めている筈。
そっとその切れ目を指でなぞると、びくりとマレが身を震わせる。
何度かなぞり、つぷつぷと時折指の先を差し込むと、段々周りがせり上がって最後にぽろりとマレの逸物が飛び出した。
薄いピンクのそれはつるりとしていて形が少し異なるが、ほとんど人間のソレと同じだ。
「……可愛いな」
そっと耳に吹き込む。
手の平で覆い、きちゅきちゅと扱いてやるとびくびくと尾が震えた。
初めての性で感じる快楽なのか、目を見開いて体中を震わせている。
もしかしたら、ハウフルに自慰という行為は存在しないのかもしれない。
「ア、ア……っアァ……ン、ゥンっ……!」
「気持ちイイか?」
力無くもがくマレを抱きしめ、唇で髪を弄りながら扱く手を速めた。
「ヒ、ァ――……ッ!!!」
腰を突き出しびくびく震えると、先端から濃い白濁を吐きだしてマレはくったりと俺に身体を預けた。
粘性の高いそれを指で掬って親指と人差し指で擦り合わせると指を離し、間に渡る糸をマレに見せつける。
流石に羞恥を感じるのか、マレが顔を赤らめて目を背けた。
「コレ、お前のここから出て来たんだぜ……?」
ちょんちょんと色の淡いペニスを指で突いて口角を上げて見せる。
「……やらしーの」
耳に低い声で囁くと、マレの泣きそうな顔が俺を見上げた。
意味は分からないが、恥ずかしい事を言われているのは分かるのだろう。
「すげぇ可愛い」
その粘つく液体……いや、もう半固体に近いくらい粘性が高いのだが、それをマレの後孔に塗り込めようと、粘液を受け止めたのとは違う方の手で下肢を撫でまわして後孔を探す。
確か資料では……と人間のそれと余り変わらない位置に目当ての物を見つけた。
そこに押し込むように粘液を塗り込めると、指を差し込んだ。
「ヒゥ……イ、アア……ッ」
指を抜き差しするとぴくぴくと身体を引き攣らせはするが、拒みはしない。
熱い息を吐いて、自分のズボンを窮屈そうに押し上げる逸物をマレに押し付けた。
「挿れて……いいか?」
押し付けられる感触に目を見開いたマレは、恐る恐る手を伸ばして俺の熱に触れる。
そのたどたどしい触れ方ですら、呻き声が漏れるほど心地良かった。
「これを、お前の、ここに……挿れたい」
指で指し示すとごくりとマレの喉が上下した。ふるふると長い緑の睫毛が震える。
「……いいか?」
小さくマレの頭が縦に振られた。
ズボンの前を寛げ熱を発する逸物を取り出すと、マレの後孔に擦りつける。
ぶるりとマレの身体が震えた瞬間に腰を前に進め、全て、納めた。
「――ッ!!!」
「うっ……はぁっ!!」
声無く叫ぶマレの中は、水中にいる所為か俺のモノより熱が低かった。
今まで体験した事のないその低温と感触が心地良く、仰け反って快楽に耐える。
海そのものの様だと思っていたマレを征服しているという汚い支配欲を、いけないと思いながら、愉悦に浸った。
今すぐにでもがつがつと腰を叩き付けたい衝動を堪え、馴染むまで待つ。
「……ハッ、ハッ……ハッ」
後ろから犯している為、荒い息を吐いて全身を細かく震わせるマレの顔が良く見えない。しかし前から行為が出来ないから仕方ない。
それを残念に思いながらも綺麗な白い背中を眺め、ゆるゆると腰を動かし始める。
「ア、ア、アアア……ッ!!」
ゆるゆるとしていた律動は段々激しい物に変わっていく。
時折ぐっと腰を押し付け、奥深くまで抉るようにグラインドすると、悲鳴のような嬌声をマレは上げた。
自分の限界が近づいてくると、どちらの荒い息かも分からずに機械のように単調にただただ素早く打ちつける。
「く……うっ、イく、ぞ……っ、あ、ぐ……っ!!!」
「ア、ヒ、ハァッ、ヒ、イ……ァアアアア――……!!!!」
自分が達する瞬間にばつん!と腰を叩き付け、楔を奥深くまでハメ込んだ。
その衝撃で触れていないマレの性器の先から、ぴゅっとさっきよりも薄くなった白濁が飛んだのを視界に捉えた。
びゅるびゅると我先にと出る白濁の勢いに天を仰ぎ、快楽に深い息をつく。
荒い息を抑えながらまだ余韻に浸っているマレの顔をこちらに向け、再び唇を重ねた。
◇
下半身は海に漂わせ、上半身は陸に上げて濡れた身体を合わせながら洞窟に差し込む曇った光を見つめる。
――もう研究所に戻るつもりはなかった。
腕の中の心が穏やかになる重さ。これを手放す事は出来ない。幸い自分の身体はマレのおかげでこの環境に対応出来る様になった。
ここに死ぬまで過ごして、汚染された土地に再び根付こうとするこの小さな生物達を見守っていきたい。
そう思いながら上半身を起こそうとするとマレがガバリと素早く起き上り、俺の胸に手をついて起き上らせまいとした。
何事かと表情を窺うと顔を歪め、今にも泣き出しそうな目で首を振る。
「どうした?」
「ウーッ、ア、ルウ、イチ……リュウイチッ!!」
ばんばんと寝転んでいる地面を叩いて、俺の名前を連呼するマレ。
「?……ここにいろって事か?」
俺自身を指さし、地面を指さして首を傾げるとマレはがくがくと首を縦に振った。
「ふふっ」
必死なその態度が可愛い過ぎて思わず笑ってしまう。
「何処にもいかねぇよ」
そう囁いてマレを抱きしめた。
「そうだな……まず手始めに言葉を教えるか」
俺とマレが言葉で意思疎通が出来るようになり、愛を囁き合うのはそう遠い事ではない……はずだ。
- END -
2010.12.05