「…で、これに乗るのか?」

「そうだよ」


ミオルさんが表情を変えずに頷く。


「他の獣に車を牽かせても良いんだけどね、こいつらに乗った方が速いんだよ。怖いかい?」

「あ、いや…そんな事はちっとも無いんだが…」


俺はまじまじと目の前の動物を眺めた。

アギアに感謝を伝え、サランも笑顔で見送ってくれる事になったし、料理人さん達は道中どうぞとかさ張らない食べ物を持たせてくれるわでもう至れり尽くせりの出立をしようと城の正門に向かったら、そこに待っていたのは…もふもふとした毛、ぴょんと立った耳、ラクダを思わせる様な顔付きにばしばしと長い睫。


「…アルパカ、か?」


一時期どこぞのCMで人気を獲得してから癒し系と不動の位置を獲得した、あの動物に瓜二つの動物がそこにはいた。
若干足が屈強そうなのはやはり乗り物として使用される動物だからなのだろうか。
俺が乗ろうとしているのは白い毛だが、ミオルさんが手綱を調整しているのは黒毛。他のお付きの人達が手にしている物は茶色や赤、青なんて動物では見た事の無い鮮やかな色をしている物まである。
柔らかそうな毛もあの動物にそっくりだが、意図的なのかそれともそういう毛の生え方なのか、背中の一部分が刈り込まれているかの様に短い。


「アルエリは見た目通り気性の大人しい奴だから大丈夫だよ」

「…アルエリっていうのかこいつら…」


はい、そうですよ、とでも言う様に目の前のアルパカそっくりが睫をぱたぱたと動かす。
それが何とも愛らしく、自然と手が伸びてそのふわふわの毛のたっぷり生えた首筋に、もふっと沈んだ。


「うおお…」


想像以上のもふもふ加減に思わず感嘆の唸りを上げる。
なんだこれ、気持ち良いぞ。本当に気持ちが良い。こいつら走るとかより毛を取った方が良い気がする。


「ファルテーロは大国だけあって広い。おまけにその四方にそれぞれ違う文化を持った違う民族が住んでいる訳だから乗り物にも色々あって当然だ。
多分アンタが白の牙や青の風の所に行く時にはまた違う乗り物に乗る事になるだろうよ」


その中でもこいつらは群を抜いて足が速い、と誇らしげにミオルさんは胸を張った。


「まぁ、と言っても青の風のように水郷では無いし、黒の翼のように山岳地帯で険しい訳でもない。白い牙も道はなだらかだが森を一つ越えなければいけないからね。
平野続きの私らのところだからこそアルエリを使えるっていうのはある」


説明をしながらテキパキとミオルさんはアルエリに鞍を装着していく…って、何だその重々しい鞍は。
馬に着ける鞍がどんな物か説明できるほど詳しい訳ではないが、あきらか無いであろうパーツがいくつか見られる。というか、そんなにもベルトは必要なのか。
良く見ると、鞍が装着されているのは毛が短くなっている部分だった。


「毛があると鞍が滑るからね、ここだけ刈り込んでいるのさ」

「ああ、成る程…。でもどうせだったら全部刈り込んで良いんじゃないか?そうすれば空気抵抗とかで更に走りやすいんじゃ…」

「乗り終わった後に言っとくれ」


にやりと紅い唇を歪ませてミオルさんは笑うと、鐙を踏んでアルエリに跨った。


「アルエリは気性も穏やかで、余程の事がなければ人を振り落したりもしない。
乗り手の事を考えて移動も出来るし、言葉でそこそこ指示も出来るからテクニックもいらない。
注意するのはただ一つ『絶対に身体を起こすな』それだけだ」

「身体を起こす?」

「前のめりになって乗るのが正しい姿勢だ。もういっその事首にしがみ付いてもいいね。皮膚が強いから毛を引っ張っても余り痛がらない」


そう言いながら朱色の長髪をくるりと一つに纏め、後ろで括る様子は様になっていて格好良い。
本当に女性らしさとは違う部分で見惚れてしまう女性だ。
ミオルさんの脇にいた数人の男性達もそれぞれのアルエリに跨り、俺もその一人に手伝ってもらって白いアルエリに跨った。
カチリ、カチリと音を立てて留め金が止まり、いくつものベルトでしっかりと身体を固定される。


「よろしく頼むな」


ぽんぽんと首を叩くと、長い睫に縁どられた目がパチリと一度瞬いた。


「どっちの方向に進むんだ?」

「城には四方に門があってね、その南から出る。…っていっても、そっちにアルエリを誘導しなくても大丈夫だよ。私らの後をついて来る様指示してある。
ああ、ちなみにこいつらは私の部下だ。前を私と2人の3人で走って、その後ろをアンタ。そのまた後ろを残りの2人がついて来るから、遅れて逸れる心配も無いから安心しな」

「何から何まですまないな…」

「何言ってんだ、この国の王妃を護らずに誰を護るんだい。
謝る必要なんて何一つ無い。これが私たちの義務で誇りでもあるんだから、むしろアンタは享受してくれなくちゃ」


朗らかに笑う彼女につられて一緒に笑う。


「なら…ありがとう」

「ふふ、そうこなくっちゃね」



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