――この国の王に対する忠誠心と崇敬の念はとても厚い。

さながら神に対するように。
神と表すと烏滸がましいにも程があるように思えるかもしれないが、強ちそうでも無いのだ。

それは初代の築いた礎と歴代の王の貢献だろう。
特に初代の恩恵は大きい。
それだけでは無く、色々な出来事が重なってこの崇敬は培われている。

まずはこの髪の色。
どんな相手と交わり、顔付きと瞳の色が変わろうとこの髪の色だけは変わらない。
その色に民は先代を重ねる。その栄光を思い出し、再び忠誠を誓うのだ。

そして、正妃となった者の力を仲介する力。
石を使っても1割しか伝わらないそれが、王を介せば余り無く伝わる。
その奇跡は見た者しか分からない。
ただ、その事実は民に強制的に王と国がイコールでつながるという事を刷り込ませる。
それが意図しない物だとしても、人は理解出来ない奇跡を目の当たりにすると、畏怖と共にそこに絶対的な何かを見出す。

故にこの国では暗殺という言葉が出る事は戦場でもない限り、無い。
皆、天寿を全うするか、病などそれなりの理由があって死ぬ。

そんな神に対する信仰心に近い忠誠心があるからこそ女を抱いて捨てるという行為が楽に成り立つのだ。

サランという後継ぎが出来てから女を抱く前にいつも言う言葉がある。

『この行為に心はない。肌を重ねたからと言ってお前に特別な感情を抱くことは無い。俺は二度とお前を抱かない。それでもこの国の為に俺に抱かれるか?』と。

それを拒んでも何も咎められないが、今までその行為を拒んだものはいない。
容姿の問題もあるかもしれないが、この心の添わない行為を光栄に思っている者さえいる。
自分はこの神々しい『王』の為に役に立てるのだと。

この忠誠心を恐ろしく感じる事さえあった。


彼らは自分に何を見ているのだろう。
初代か。先代か。国か。神か。
俺自身を見ている民は、何人いるのだろう。


そして、いつも母上を思い出すのだ。


彼女は王を、父上を父上として見ていた数少ない理解者だった。
だからこそ仲睦まじい夫婦として城下でも名を馳せていた。
母上は父上を愛し、父上は母上を愛した。
早く子が生まれた事もあって、王としては三人目となる第二王妃、第三王妃を取ろうとしない人だった。
一時期、二人を描いた肖像画が縁結びになると言って商品として売られていた事さえあったくらいだ。

それほどまでに仲が良く、また絵にしても美しいくらいに見目麗しかった。

父上は体の弱い人だった。
それを分かっていて周りの反対を押し切り、王位を一人息子に早めに継承し、その翌年に眠る様に息を引き取った。
――それを追って、母上は自殺をした。

俺が母上を見つけた訳では無かったが、話で短剣で喉を一突きだったと言う事を耳にした。
貞淑な女性だった。
メーアの長の血族で、所謂箱入り娘だったとか。
しとやかで微笑みが堪えず、どちらかと言うと人前で自分の感情を表に出すのが苦手な方だったと思う。

そんな彼女が自分の喉を自らの手で突いた。

周りを好きだった花に囲まれ、失血多量で真っ青な顔をし、喉に濃い色の布を巻いて棺の中に眠る母を見て、本当は芯のある女性だったのかと今更ながらに思った記憶がある。
…いや、時折芯の強さは垣間見せていたか。
父上の隣で一緒に国を支え、次の王になるであろう自分に教育を施し、良妻賢母と名高かった母。

彼女は真っ青な顔に心安らかな微笑みを浮かべていた。
最期の最後まで愛する人を思い浮かべて死んだのだろう。

――今会いにいきますね、貴方――

そう血が溢れる口で呟いたのだろうか。


『さようなら、母上』


父上の側でどうかお幸せに。

そう言って棺に背を向けた。





その日、俺は女を抱いた。

何時俺が死んでも血は残るように。
そんな名目だったが、なのに俺は女の中で達さなかった。

女の腹の上に自分の白濁を撒き散らして、心の中でぼんやりと母に呟いた。

――母上。最期の時、俺の事を少しでも考えてくれましたか?
遺して逝く息子に対して詫びの言葉を呟いてくれましたか?
母とではなく、妻として貴女は最後の息を吐いたのですか?
貴女の心の中は父上で埋め尽くされていたのでしょうか。

彼女もまた、俺を見てくれなかったのだ。

頬を一粒涙が伝った。


『寒い…』


俺は女を抱きしめて、眠りについた。

人肌は温い。心地良い。

だから自分は人を抱く。
凍えない様に。



ふと目を開けて、目の前で寝息を立てる男の顔を見つめた。
何時ものあの目つきはどこに行ったのかと思うくらい無防備な寝顔を晒している。

その男の胸に引っ付いて目を閉じた。
…温かい。

元から体温が高めなのか、この男の体温は心地良い。
この年齢の姿で余り女は抱かない。いや、抱けない訳ではないが、余り気が進まないだけだ。
その間は人の温もりと疎遠になりがちで余り良く眠れないのだが、この男がいればぐっすり寝れた。

――…むしろ、女を抱いて寝ている時よりも…。

ふと頭をよぎった考えに苦笑しながら頭を振って否定する。
何を考えているのか。
男を抱いた事が無いわけでもないが、抱いたことのある男達は皆、女と並べても何ら遜色のないような者ばかりだ。
このように目つきが悪く、男以外の何物にも見えない相手に…。

そう思いながらも自分の指はそっと男の唇を這う。
そもそも男に手を出さないのは女よりもあの『豊穣の気』が少なく、割に合わないからだ。
あの気は女に多いというのが常識的な考え方だ。

『豊穣』。
その言葉は普通、女性を意味する。
母なる大地と呼ぶように、命を育むという事は女にしか出来ない事というのが常識だからだ。

…それがどうしてこんな男に…。

その事が心を揺らしているのか。
それとも…
何度となく重ねた唇の感触を思い出しながら目を閉じた。


これ以上、考えない様に。



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