「うるせーよ」
コブを探っていた手を離し、頭を軽く叩いた。
どんなに歳が変わろうとやっぱり中身はアギアのままだ。
溜息をついて顔を前に向けると
「…サラン?」
サランが顔を手で覆って突っ立っていた。
指の隙間から真っ赤になった顔が見える。
「どうした?」
もしかしてのぼせたのだろうか…それにしてはしっかりと立っているのだが。
首を傾げる俺をサランがちらちらと指の隙間から覗く。
「か、かか様…その…こ、腰布が」
「こしぬの?」
巻いてあるこれがどうしたのかと目線を下ろす。
それは倒れた衝撃にも耐え、まだしっかりと俺の腰に巻かれているが…。
「…あ」
サランは俺の真向かいに立っていて、おまけに俺は倒れた事で脚をかっぴろげている訳だから…いくらまだ巻いたままであったとしてもサランには丸見えな訳で。
状況を把握して慌てて立ちあがる。
男同士だから俺は別に気にしないが、そんな反応をされると流石に気まずくなる。
「あー…えっと、見苦しいモノを見せて悪い…」
「えっ!あ、そんな事はなかったですっ!僕のとは違って立派でしたっ」
「どんなフォローのしかただ」
苦笑しながらサランの頭を撫でた。
「本当の姿の時の俺の物の方が立派だと思うがな…」
「ぜってぇ見せんじゃねぇぞ」
緩んだ腰布を巻き直しながらアギアが呟いたが、それにどすの利いた低い声で釘を刺す。
使い込まれた逸物なんざ見たくも無い。いや、使い込まれてなくても野郎の逸物を見て何も楽しく無い。
まあ、そんな事はどうでも良くて。
「ほら、そんな事言ってないで風呂はいるぞ、風呂!」
子供二人の肩を叩きながら俺はでかい湯船を指さした。
身体を洗った事でそれなりに温まってはいたが、湯船につける足は熱い湯に少し痺れる。
尻が湯船の底につくと湯の重さと熱さに深い息が口から洩れた。
アギアとサランは少し段になった所に腰掛ける。
アギアは肩の辺りまでお湯が来ているが、サランは正座しても尚、お湯が顎まで来ている状態だ。
俺は一つ苦笑するとサランの腕を引いて自分の膝の上に乗せた。
「ほら、こうした方が楽だろ」
「あっえっは、はい!」
俺の太腿の上でもぞもぞと身動ぎした後、嬉しそうにサランは頬を緩めた。
少し濡れた髪をわしわしと撫でてやりながら後で頭を洗ってやろうと俺も微かに頬を緩める。
「それはいつもは俺の仕事だったのだがな」
苦笑い混じりの声にアギアに目を向けると、「膝の上に乗せてやるのが、だ」と微苦笑を浮かべつつサランの肩に湯を掛けてやっていた。
そのちょっとした仕草に親としてサランを思いやる優しさを垣間見る。
「お前…ってさ」
それを見て心の底から湧いてくる疑問を口にした。
「普通に優しいし、気が利く奴だよな」
サランが自分の子供だからという肉親に向ける優しさだけでは無い。
短い間だが、城の中で一緒にいて。お茶を飲みながら色々な些細な事を話して。アギアが持っている色々な顔の一部しかまだ見れていないだろうが、その中でこいつは優しく、気が利く奴だと思った。
「だからわかんねぇんだよ…どうしてそんなほいほい女を抱けるのか…」
これだけ優しい奴なら。これだけ気が利く奴なら、他人の気持ちを思いやる事なんて簡単だろう。
だからいくら女性を抱く事が国を富ませる事に繋がる、王としての義務だとしても、相手の女性が何の感情も込めないまま抱かれている訳がないという事も分かっている筈だ。
そう思いながら瞳を覗き込むと、そこにはただ静かな赤紫が広がっていた。
――瞳は心の窓というくらいだが、この凪いだ瞳が激情で揺らぐことはあるんだろうか…。
その瞳がふっと細められる。
「国を治めるという事は私情を、感情を断ち切らねばならないのだよ」
そうではないと国を誤った方へ導いてしまう。そう言うアギアは確固とした光を瞳に宿していて。
ただ、それが俺にはどうしても寂しい物に見えた。
「…アギア」
「なんだ」
「…後で頭洗ってやるわ」
アギアは驚いた顔をした後、微笑を浮かべて礼を口にした。
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