腹を押さえて呻いたアギアを一瞥して桶で湯を汲む。
手を入れて温度を確かめると目の前の小さな背中にそろそろとかけた。
白い肌がお湯の温度で薄紅に染まるのが面白い。
「熱くないかー?」
「はい」
身体を捻って笑顔を見せたサランの目が大きく見開かれた。
「かか…!!」
「ん?ぶわっ!!??」
その表情に首を傾げようとしたら、ざばっと大きな音を立てながら質量を伴った熱が落される。
驚きと共にすぐに何が起こったのか見当がついて髪を掻き上げながら眉間に皺を思いっきり寄せた。
――あ、こんな凶悪な表情したらサランが…。
はっと皺を解いたが、サランはばっちり見てしまったようだ。
顔が…ん?赤くなってる?
サランは呆けたような表情をしていて、それは俺が予想していた「怯え」の表情ではなさそうだったからちょっと拍子抜ける。
が、多分この表情の所為でそんな顔をさせてしまったのだろうと思うと怒りが再燃した。
「お前なぁ…!!」
サランが泣きだしたりしたらどうしてくれるんだ!と腕を振り上げつつまたもや身を捻る。
「子供じみた真似も大概に…っ!?」
捻ろうと思ったが、まだ流されきれなかった泡の滑りを借りて身体が滑る。
視界の端にアギアの飄々とした笑みが少し慌てた表情に変わるのが見えた。
「―――っ!」
「っ!」
腕を伸ばして俺を受け止めてくれたアギアを巻き込んで真後ろに倒れながら、ボフンと空気が抜けるような音を聞いた気がした。
重力によって体重分の力で石で出来た床に打ち付けられる。
身体が倒れただけの衝撃でも案外それは痛いものである筈だったが、俺の背中はぐにゅりとした感覚と予想以上に小さな痛みと衝撃を伝えて来た。
「あ?」
仰向けに転がったまま疑問の声を上げると
「ナオ。おいこらナオ。重い、重い」
くぐもった声が後ろから聞こえて来た。
後ろに手をついて上半身を起こしながら首を捻るとそこには
「…サラン…じゃねぇわな」
子供の姿になったアギアが俺の下敷きになって苦しそうに眉を顰めていた。
謝罪を口にしながら身体を少しどけ、尻の下に敷いてしまっていた脚を自由にする。
俺を受け止めながら倒れたのと、俺に下敷きにされた所為でまだ痛むらしく腕を擦るアギアをまじまじと見つめた。
サランと比べると大人の時のアギアは余り似ていないと感じたが、こうやって見ると中々に似ている。
がっしりとしていた大人の肉体がほっそりとしている未発達の身体になったり、中性的な面立ちがちょっと女性よりになったりした事が関係しているのだろう。
――俺こいつ見てばっかだな…。
はたとそんな事に気付いて顔を凝視するのを止める。
本当はぬるま湯とはいえ、頭からお湯をぶっかけて来た事を怒鳴るつもりだったのだが、やる気がすっとんだ。
大人の本当の姿を見たから、子供の姿をしていようと本当の姿はあちらなのだというのは理解している。
歳が違おうと同じ人間なのだから面影ははっきり残っている。
しかし頭で理解していても、気持ちが変わるのは仕方ないだろう。
人の見かけの歳というのは大切なのだと改めて知った。それが10年という大きさのずれだと尚更だ。
「おい、大丈夫か?頭とか打ってないか?」
だから怒鳴るのも忘れて手を伸ばし、濡れた髪の中に指を突っ込んで後頭部を探ってしまった。
コブが出来てないかとわしわしと指を動かすとアギアの目が見開かれた後に悪戯気に細められる。
「…ふ、本当に子供には甘いのだな。お前は」
「なっ」
確かにそうかもしれないが、面と向かって、それもアギアから言われるとちょっと馬鹿にされているような気分になる。
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