「か、かか様!お背中流します…っ」
「お。良いのか。じゃあ頼もうかな」
笑顔のサランに手を引かれて用意してある低い椅子に腰かける。
俺の横に座って、自分の顔くらいある海綿に石鹸を擦りつけて泡立てる姿は可愛い。
小さな笑いを口の端に浮かべてサランを見ていたら、横顔に視線を感じた。
「…なんだよ」
目を上げるとアギアが楽しそうに目を細めていた。
さっさと入れと言ったのに、さっきと同じ場所で突っ立っている。
「いや。そうしていると真に親子のようだと思ってな」
「…そりゃどうも」
本当の父親にそう言われるのは何だか複雑な心境だ。
でも複雑な心境の中には僅かな嬉しさも感じていた。
「ほら、お前も座れよ。俺が洗ってやる」
『本当の親子のようだ』と言われた嬉しさを誤魔化すかの様に、俺の前の席を叩く。
アギアは一瞬目を見開いたが、俺が勧めるまま素直に座った。
アギアが座るのと同時に背中が擦られた。
まだ腕の長さが足りないのか首元までちゃんと届いて無いのが子供らしくてまた小さく笑う。
俺も自分の海綿を泡立てて、アギアの背中を擦る。
逞しい背中は広く、洗いがいがあった。
「ほい、交代――」
「「?」」
洗い終わった頃をみて声を上げると、二人が何を交代するんだと不思議そうな顔をして見てきた。
「…何してんだよ。ほら、逆の方向けって。次は俺がサランの背中洗って、お前が俺の背中洗う番」
「ああ…なるほど。画期的だな」
くるりと向きを変え、次はサランの背中を擦る。
擽ったそうに身を捩るサランの背中はアギアとは違って小さく、まだ幼さが十分残っていた。
「…あ。ここのホクロ、アギアと同じとこにある」
「どこだ?」
「ここ、ここ」
サランの右肩甲骨の上を指さす。
そこにはポツンと小さなホクロが。
「…なぁんか、ホントに親子なんだなぁ」
感慨深げにそのホクロをちょいちょいと突くと、とうとう耐えきれずサランが笑い始めた。
「お、くすぐったいか?ほれほれ」
「かか様、やっ、あはっ、あははははは!!」
小鳥の様な高い笑い声が浴場に響く。
「お前はホクロは無いのだな」
「そうか?見た事無いからわかんね」
「ああ…無い。綺麗だ、お前の背中は」
すっと素手で撫でおろされて、思わず背筋が伸びる。
「だから…目立つな。この傷」
「っおいこら!」
例の傷があるから少し高めに巻きつけておいたってのに、指でちょっと下げられた。
「痛々しい…」
「…」
そこには10cmちょいくらいの赤い傷跡。
ぱっと見、蚯蚓腫れの様に見える縫われた傷特有の腫れを伴うその傷はすっかり俺の一部になってしまっている。
「痛いか?」
「もう痛くねぇよ、ってお前何触っ」
なぞるようにアギアの指が何度も傷の上を往復する。
労わる様なその動きにぞわぞわと痺れがそこから広がるようだ。
「そうか。なら良いが…」
「あ、んま触んな!」
身を捻ってアギアの手を叩き落とす。
「そう怒るな。お前はいつも怒っているな」
「お前が怒らすんだろうが!」
キッと睨みつけると、口の端を持ち上げて笑われる。
舌打ちしてサランの背中に視線を戻すと、耳元で息を感じた。
「…痛々しいが、この傷…染み一つ無い白い肌に映えて…」
―――淫猥だ。
そう笑み混じりに囁かれた俺が、振り向きざまの勢いを生かしての渾身の一発をアイツの腹に入れた事は別に責められる事では無いと思う。
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