胸が早鐘を打つ。手にいやに汗をかく。
俺は目を閉じている綺麗な男の顔をまじまじと見つめた。
アギアは「では良いな?」と口の端を上げると椅子に座って目を閉じてしまった。
…つまり俺からしろと。
さいですか、さいですか。…出来るかぁああああああ!!!!
俺はだらだら汗を背中に掻いて、とりあえずまず第一の障害に声を掛けるべく振り返った。
「さ、サラン。…後ろ向いてろ」
「嫌です」
ぶすっとむくれてサランが即答した。
「た、頼むから…」
「嫌ですっ」
サランの前でアギアにキスをするというのが、もう禿げそうなくらいな勢いで後ろ髪を引っ張る。
――いつもは言う事聞いてくれるのに、何でだよ…っ
ちょっと涙が目に浮かんだ。
拒否しようにも確かにアギアには今回礼になりっぱなしだし、それに悪く捉えていたのも心に引っかかる。
それよりも何よりもアギアの「己の心に左右され、片方には褒美を与えて、片方には褒美を与えないという行為はサランの今後に良くないとは思わないか…?」という言葉が俺を後には引けなくさせている。
――も、もう良い!サランの事は考えるな!後ろからびしばし刺さって来る目線も!
アギアの『唇に』という指定で他の場所に逃げようがない。
「あ、アギア…お前、他の物とかいらないのか…?」
礼はする。礼はするから他の物で…という必死の気持ちを込めて最後の足掻きをしてみる。
アギアはちらりと片目を開けると口角を上げてまた目を閉じた。
「ないな。それに、同じ事をした俺とサランに与える褒美が違うというのはおかしかろう?」
「ああ、ああそうだな。その通りだよ…っ!」
真っ向から正論で返されて俺は歯噛みした。
も、もう腹を括ろう。これは教育だ、教育だ。サランがを立派な王になる為の踏み石の一つと思えば…!
ぐっ ぶちゅっ ぱっ!よし、これでいこう…!!
俺は緊張で軋む身体の関節を叱咤して顔をアギアに近付けた。
――そ、れにしても綺麗だな、おい。
白く長い睫毛に同色の白い髪。さらさらと流れていて絹糸の様とはこんな事を言うのだろうなと思う。
すっと通った鼻梁も柳眉も、白い中に色どりを瞳の赤紫と共に与える唇も、綺麗な肌に理想的な位置で置かれている。
そんな男でも惚れぼれとする美しさを誇る容姿は何故か中性的という訳ではない。
これだけの条件を上げれば女ぽくっても良いものじゃないかと思うのに、はっきりとアギアは男だと感じる。
子供の時のアギアは中性的な美しさだった。それが今のアギアは…そう『雄々しい』。
その言葉が非常に合う大人の男だ。
目線を身体にずらせばそれは確固たる認識と変わる。
男らしい喉に均整のとれた長い四肢。
綺麗なくせに適当に色々な所で纏められている髪型も相極まり、アギアは草原を駆ける野生の動物を思わせた。
――目は釣り目気味なんだよなぁ…サランは垂れ目気味だから母親似なのか?
茶色の目も母親から貰ったんだろうな…あ、でも良く良く見たら顎のラインとか似ているかもしれねぇな…。
鼻の形とかも…やっぱり親子だなぁ…あ、髪質は違うか。サランは跳ねて柔らかいけどこいつはきちんと纏めりゃさらさらだろうな。今でもさらさらだけどな。
「…そうだ」
ばっと突然アギアの目が開かれた。
鼻と鼻が触れ合うくらいの近さで思わず観察に走ってしまった俺は声も無く思いきり仰け反る。
「あがっ!」
余りの勢いにぐきっと首がなって涙が滲んだ。
「な、ンだよ!」
「褒美と詫び、そして礼を考えて唇を合わせたら5秒は離すなよ」
「はぁ?!」
それじゃ、ぐっ ぶちゅっ ぱっ! じゃ無いじゃねぇか!
ぐっ ちゅー……4・5 ぱっ!ってことか、ええ?!
首に手を当ててわなわなと震える俺をよそに「さっさとしろ、食事が冷めるぞ」とアギアはまた目を閉じた。が、直ぐに瞼を開く。
「…ああ、もう一つ」
「も、もう要求は聞かねぇぞ!」
「先刻お前がした『して楽しいか?』という質問だがな、俺は好きだぞ。お前との口付け」
もう言葉も無くぽかんとアギアの顔を見つめる俺を見てふっと笑う。
「お前との口付けは心地良い。お前が許せば幾らでもしたいくらいだ」
そう言い終わると目を閉じた。
も、もうなんて反応すれば良いのか分からない…。
か、快楽主義者め…っ!!!
そんな事は終わった後に言えってンだ!こんな何とも言えない気持ちで出来るほど丈夫な心臓なんて持ち合わせてねぇよ!!!!
俺はくらりと後ろに後ずさった。
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