「おや、それなら俺にもしてもらいたいものだな」

「は?」


何を言っているのかとアギアの顔を見る。


「サランは食事を待っていたから褒美にしてもらえたのだろう?なら俺にもしてもらいたいな」

「…意味がわかんねぇけど」

「俺もお前を待っていたと言う事だ」


かちゃかちゃと手際よくテーブルに3つ分食器を用意しているアギアの手元をみて唖然とした。


「…お前も?俺を?」

「一人は寂しかろうと思ってな。まあサランがいるが」

「…」


純粋にびっくりする。

女癖が悪いからそういう他人の気持ちは余り分からない人間なのだと思っていた点があった。
その自分の思い込みに気付き少し顔を歪める。
思い込み、偏見、固定観念、ステレオタイプなどと言われるそれらが俺は好きじゃない。それは人の本当の姿をちゃんと見せなくする。

そうやって意識するのに、今自分がアギアを得た情報の一つで固定してしまっていた事に気付いた。


「…ごめんな」

「何がだ?」

「俺お前を勘違いしてたっぽい…わ…」


きょとんとアギアがこっちを見、そしてふっと笑った。


「正直だな」

「…んでもってありがとう…待っててくれて、さ」


アギアの口の端がくっと上がった。

…どうやらこの笑みは『そうだろう、その通りだ。感謝しろ』とでも思ってる時に浮かべるみたいだ。

ベッドから降りてテーブルに近づく。
今更気付いたが、どうやらそのために椅子も3つ用意してあったようだ。


「では、ほれ」

「ん?」

「褒美」

「…げ」


そういえばそうだったと思い出す。


「俺の事を勘違いしていた事の詫びも兼ねて唇でいいぞ」

「馬っ鹿か。…あ!そういえばお前、牢獄の中で俺にしたっていうじゃねぇか!」


鬼の首をとったように俺はびっとアギアを指さした。


「何意識朦朧としてる俺にしてんだ!というかして楽しいか?ええ?そんなこんなでお前に対しての褒美は相殺――」

「朦朧としていたからではないか」

「――へ?」


「あれはお前の為だぞ?」と飄々とアギアは言ってのけた。


「お前の気が余りに乱れていたから俺が整えてやったのではないか。
俺にしがみ付いてがたがた震えながら細い声で『怖かった』と縋り――「うわぁあああ!!止めろぉおお!!!!」」


ばっと耳を塞いで叫ぶ。
何で自分の最大の痴態と思えるそれをリフレインされなきゃいけねぇんだよ!


「うわああ!!ちくしょう!笑いたきゃ笑えば良いじゃねぇかっ!」

「何故笑う?」

「え?」


…さっきから俺こんなんばっかだな。
また予想外の返答に惚けた声が出る。


「サランから話は聞いた。どうしてお前があの場所をそこまで厭うのかも分かった。そこにお前を笑う要素は一つも無い」


真っ直ぐな赤紫の瞳が俺を射抜くと、ふっと細められた。
長い手が伸ばされて、そっと頬を撫でられる。


「むしろ良く耐えたと誉めるべきだ…昔のお前にも、先刻のお前にも……寒かったな。もう大丈夫だ」


労わるように撫でられるその手に思わず涙が出そうになる。何故かその一言で昔の自分も救われる気がした。
思わず俯くと、手がするりと最後に頬を一撫でして離れ、勝ち誇ったような喉奥での笑いが耳に入った。


「まあ、そういう訳であれはお前の為にした訳であって俺が責められる事は無い。むしろ礼を言われるべきだな」

「…あ。」


墓穴を掘ったな。という言葉が死刑宣告のように頭に響いた。



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