寒かった。寒かったけど
『大丈夫か?』
その声と額に当てられた熱がまるで全てを溶かしてくれるようで心地良かった。
ふっと目を開けると既に見慣れた天井が入って来た。
――俺の部屋…。
瞼を数回瞬かせて何故ここにいるのかを思い出す。
――そっか、誰か助けてくれたのか。
良かったと小さく息をついた。
やはり最後の方は朦朧としてしまったようで、誰が助けてくれたのか、どうやって助けてくれたのか覚えていない。
――サランに見っとも無いとこ晒してねぇかな…。
既に晒しているのだけれど、あれ以上…たとえば取り乱すとか…していないだろうか。
部屋の中が薄暗い。もしかしなくてもお茶の時間はとっくの昔に過ぎてしまったに違いない。
頭を掻きながら上半身を起こして俺はぎょっとして身を強張らせた。…誰か居る。
「…あ…?」
薄暗さに目が慣れると、目を真っ赤にしたサランがちょこんと椅子に座っているのが分かった。
「サランか、すまなかったな。あんな格こ「ごめん、なさい…っ」…うん?」
ぎゅっと拳を握りしめて言葉を絞り出すサラン。
泣いているかのように目が真っ赤なのにそこはちっとも濡れてなかった。
「僕が…僕が弱かったから…!小さかったから…!」
「サラン?」
「かか様を泣かせて、支えられなくて…っ!」
「…あー…俺、泣いたんだ?」
苦虫を噛んだような顔になってしまうのが分かった。
なんてこった。サランの前で泣いたのか、俺は。
幼い心に変な傷を負わせてしまったと後悔する。
「ごめんなさいっ、ごめんなさ――…「サラン、ちょっとこっち来い」
椅子に座っていたサランの腕を掴んで俺の上に持ってくる。
頭を撫でながら小さく笑ってやった。
「お前の所為じゃないって言っただろ?大丈夫だ。それより俺こそごめんな…?」
「僕はもっと強くなりたい…!」
「ん?」
「かか様に頼って貰えるように!かか様を支えられるように!」
ぎゅっと眉根を寄せて辛そうに言葉を吐きだすサラン。
なにがそこまで彼をそう思わせたのかは分からないが、そんな顔をするくらいなら泣いた方が楽なのにと純粋に思った。
「僕は強くなりたい、大きくなりたい、父様に負けない様に―――!!!「サラン」
俺はそっと頬を手の平で挟むと
「泣け、ほら」
ぷにっと横に引っ張った。
呆気にとられた顔をした後、サランの目にみるみる内に涙が盛り上がって溢れる。
「か、かか様、かか様、僕は、僕はっ…ううううう…」
「よしよし、泣け泣け。一杯泣け」
ぽんぽんと背中を叩いてあやす。
今になってあの場所に閉じ込められたきっかけが自分にあったと後悔しているのだろうか。
「どうして?どうして僕は小さいの?かか様を守りたいのにっ」
「うん?んー…」
俺は苦笑してサランを覗き込んだ。
「どうして…って、お前はまだ6歳じゃないか」
「だけど…!僕は直ぐに大きくなりたい!!」
泣き喚くサランを見て更に笑みが深くなる。
こんな所を見るとコイツもやっぱり子供なんだと実感できて良い。
『大きくなりたい』
その気持ちは分からなくもない。誰だって早く大人になりたいという気持ちを持った事があるはずだ。
その小さな身体を抱きしめて俺はゆらゆらと身体を揺らして話した。
「わかるけどな?だけどゆっくりでいいんだよ。
それに、大きくならなくても俺はあの時サランに助けてもらった。守ってもらった」
一定のリズムでゆっくり背中をたたく。
「強い人ってのは直ぐになれない。ゆっくり大きくなって、勉強をしていかないとな。
それに強いってのは単に身体がでかいとかそういうのとは違うんだ。心が強くないと」
サランの顔を再び挟んで目を合わせる。
涙でぐしゃぐしゃな顔に小さく笑いが零れた。
「お前はなれるから。頭は良いし、何より優しい。優しさを忘れなかったら必ず強くなれる」
だからゆっくり大きくなれ。
[47/62]
[*prev] [_] [next#]