「ど、どうしようっ。ごめんなさい、かか様。僕がこんなとこ来ようなんて言ったから…!!!」
「大丈夫…大丈夫だから…」
閉じ込められた時は気丈な顔をしていたのに、今は泣きそうな顔で俺を見つめるサラン。
こんな時には正直に話した方がいいだろう。
泣きそうなサランを抱きしめて膝の間に挟むと頭を撫でる。
「違う…お前の所為じゃなくて、元から俺は……怖いんだ、狭い所が」
「こ、わい…?」
「ああ…」
目付きが悪い所為で人に絡まれるのはしょっちゅうだった。
中学3年のある日、一人の高校生に絡まれた。
黙って殴られておけばよかったのかもしれないが、絡まれすぎてそれなりの対処法を身につけていた俺は返り討ちにしてしまった。
次の日、彼は仲間を連れてきて、俺をリンチにあげた。
多勢に無勢。
対処法を知っていた所で十数人相手に敵う訳が無かった。
その内のある馬鹿がサバイバルナイフを振り回してきて、俺の腰を刺した。
いるんだよな、時折。サバイバルナイフを常備してる奴。何時使うんだっつーの……こういう時か。
そこから溢れだす血に怯えてあいつ等は俺をリンチにあげた体育館倉庫に俺を置き去りにして逃げて行った。
腕と肋骨折ってついでに腰から出血だ。
前じゃなくて後ろからで、刺すというよりは切りつけるという形だったからか内臓や太い血管は傷ついて無かったが、通常では経験しない出血量にパニックになってそこから動けず、人が来るまで震えていた。
あいつらが扉を閉めずに行ってくれたおかげで用務員さんに見つかったから良かったものの、閉じて行ってしまっていたらと思うとぞっとする。
それから閉所恐怖症だ……というよりも、あの状況に酷似した場所が怖い。
ただ狭い所だったら汗が滲むくらいだけで済むのだが、暗さと埃っぽさ…後あの特有の汗臭さが混じるとどうしてもダメだ。
退院して直ぐはその場で嘔吐するまで拒絶反応を示していたが、今ではそこまででも無くなっているが…やはり身体が震えてしまう。
それをぽつりぽつりと話している内にあの感覚を思い出してしまって身体が更に震えた。
誰もいない埃っぽさの中に死を感じてしまった。
今なら死にやしないと鼻で笑えるかもしれないが、その時は必死だった。
今では自分の中で一番死を彷彿とさせる体験だ。葬式で祖父の堅くなった死体を目の前にした時よりも強く。
痛みというよりも熱かった。のに末端は凍えるように冷たくて、震えながら泣いた。
悔しくて、情けなくて、理不尽さを呪った。
あの時の全てがじんわりと戻ってくるのが怖い。
「かか、様…」
「だからこれはお前の所為じゃない…大丈夫だ」
力を振り絞って笑顔を作って見せると、更に泣きそうな顔をされた。
「そんな顔をしないで。辛いのは分かるから。僕が此処にいるから。無理をしないで…」
そっと小さな手が俺の頬に触れた。
「僕に出来る事があったら何でも言って、何でもするから」
「ん…ありがとよ」
幼い言葉に馬鹿みたいに安心して俺はサランを更に抱きしめた。
「か、かか様?」
「じゃあこうしてて良いか?こうしてた方が安心する…」
震えを押し殺して縋るようにサランを抱きしめる。
ここはあの場所じゃない。
俺は一人じゃない。
目の前にあるのは死じゃない。
埃と微かな汗の匂いを頭から押し出し、日光と甘い菓子の匂いのする目の前の存在に集中した。
そっと頭を撫でられて、頭を抱きしめられる。
「かか様…」
「後、何か喋って…俺に何か聞かせてくれ…」
「う、うん」
サランがおずおずと頷いて乳母に聞かせてもらった物語を話し出す。
それを聞きながら心が落ち着いてくるのを感じた。
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