厨房を覗くと料理人さん達は皆歓迎してくれた。
「丁度良い所でしたナオ様、新しい菓子を作ってみたのですよ。ナオ様のお口に合いますか?」
にこにこと笑いながら料理長がカラフルな菓子を差し出した。
ピンク、緑、空色、白にオレンジと鮮やかな色が目に飛び込む。
花の形を象った親指の第一関節位の大きさの菓子。
一つ摘んで口に放り込んだ。
外は砂糖みたいだが、中はゼリーみたいになっていて美味い。
噛めば仄かに花の香りがした。
「ん、美味い。お茶が合いそう」
「そうですか、それは良かった」
「アギアのお茶請けに良いんじゃねぇかな…いくつか貰っても良い?」
「え、勿論ですが、ナオ様直々に持って行かれるので!?」
「ああ、そのつもりだけど?」
そう答えたら「そんな事を正妃にさせられません!」とあたふたとお茶の用意をし始める料理人達。
「いーんです、俺暇なんで。
それに正妃正妃って、俺、1年しかいないんだから気にしないで」
笑ってひらひらと手を振ると料理人さん達の顔が暗くなった。
「…やはり帰ってしまうのですね」
「我らにこれほど親しくしてくれる方があの方のお側に居られるなら我らも幸せと思っていたのですが…」
「今までの妃候補達には比べ物にならない程お優しいのに…」
「…」
そう言って全員の縋るような目が俺に突き刺さった。
う…っ、そんな目するなよ…。
たじたじと後ずさると料理長が手をぱんぱんと打ち鳴らして皆の意識を反らした。
「こら、そんな事を言ってナオ様を困らすな。
アギア様がそれで良いと仰ったならそれで良いのだ。我らが口出し出来るのはあくまでも料理の事だけ。
さっさと自分の仕事に戻れ!」
流石料理長と思うくらいテキパキとした指示を他の料理人さん達に出すと、俺に菓子の盛った皿と、お茶の用意の出来た籠を渡した。
「申し訳ありません、ナオ様。彼らには悪気は全くありません、それだけは…」
「いやいや、良いんです」
苦笑して料理長から籠を受け取った。
これほど思われているのは悪い気はしない…その気持ちには応えられないのはとても残念だが…。
優しい微笑みを浮かべながら料理長が俺を見る。
「また遊びに来ていただけますか?」
「勿論。嫌って言われても」
「ナオ様」
「ん?」
料理長はまだ優しい目で俺を見ている。
50半ばの料理長にこんな目で見られると父さんを思い出す。
「もしも、もしもですが、この世界に残る事がありましたら私達は喜んでナオ様をお迎えいたします。
勿論、腕を振るって3食お茶付きで」
にっこりと笑った後、料理長は頭を下げて持ち場に戻っていった。
……不覚にも3食お茶付きに一瞬心が揺らいでしまった。
籠と菓子をぶら下げて帰る直之を見て料理長が「そうしたらサラン様もお幸せでしょうに…」と呟いたのは直之の耳には入らなかった。
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