突然だが、ソロモン王の裁きという話を知っているだろうか。


――同じ日に子供を産んだ女が二人いた。
…まあ分かりにくいから片方をA、もう片方をBとする。

Aはある日、生まれた赤子の上に寝てしまい子供は死んだ。
そこでAは夜中の内にBの子供と自分の子供の死体を交換した。

起きたBは驚いた。
自分の子が起きたら死んでいる。いや、それどころかこれは自分の子では無い。

そうしたらAが我が子を抱いているではないか。
BはAに詰め寄り、我が子を返せと言った。
しかしAはこれは私の子で、その死体がお前の子だと言い張って返さない。

それをBはソロモン王に訴えた。

ソロモン王はそれを聞いて女達の前でこう言ったそうだ。

『ならば生きている子を二つに裂き、片方を貴女に、もう片方を彼女に与えよう』

Aはそれを聞いて頷いた。

しかしBはそれを聞いてこう言った。
「ではその子は生きたまま彼女に与えてやってください。私はいりません。だからその子を殺さないで」

王は裁きを下した。
『己が母である事を諦めてでも子を生かそうとしたBがその子の母親である』と。――



…こんな話を思い出してしまう程アギアはすごかった。

いや、何もすることが無いならアギアの王の仕事の様子は一体どんな感じなのか見てみようと思ったのだが…。
ソロモン王の話やら三方一両損とかいう言葉やらを思い出してしまうくらいの賢王ぶり。

書類に目を通しながら時折やってくるリュスの報告に耳を傾け、二、三度頷くと案を口にする。
それを聞いたリュスは大抵ああ成程と頷き、そう伝えますと走って去っていく。
国の状況どころか、名前さえ知らない俺だが、それだけアギアの提示する案は独創性がありながら秀逸な物なのだろうという事だけは分かった。
因みににそれを見た目12歳の子供がやっているから何だか違和感を覚える。
俺はそれをずっと静かに見ていた。

アギアの仕事部屋なのか自室なのか分からないが、大きくて豪奢なソファーと机。
あと俺の使っているベッドより二回り小さいけど、十分デカく、これまたふかふかなベッド。部屋に置いてあるのはそれだけだ。
俺はソファーに座り、アギアは机に向かっている。

ふとアギアの手が止まった。


「…我が妃は俺を見て楽しいかな?」


白い髪の向こうから赤紫の瞳が楽しそうに俺を見ている。


「あー…まあ楽しいな」

「ほう、俺を見て何を思った?」

「お前は賢いんだろうなって」

「ふうん、そうか」


そうしてアギアは口の端を上げたまま、また資料に目を戻した。
けれどもさっきみたいな集中していて話掛け辛い空気ではない。


「疲れてねぇか?」

「うん?…そうだな、少し」

「なら何か飲み物でも貰って来てやろうか」

「おお、我が妃は気が利くな」


アギアは嬉しそうに微笑んだ。
そうしていれば本当に子供みたいなんだが…。


「何が飲みたい?」

「料理長にいつものやつと言えば良い」

「わかった」


どっこいせとソファーから立ち上がる。
ついでに俺もお茶を貰おう。あわよくば甘いのも欲しい。


「あ、妃」

「…その『妃』っての止めねぇか?」

「ではナオ」

「ああ?」

「ゆっくりで良いぞ」


何か含んだ笑顔をアギアは浮かべると手を振った。

…なんなんだ?
首を傾げながら俺はアギアの部屋の扉を閉めた。



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