その後、リュスはちゃんと戻って来た。

硬い表情をどうにか柔らかくしようと努力するリュスと、さっきの態度は微塵も無い程畏まったシフィア、そして俺…。

どことなくぎすぎすした空気が流れている。
一体どうしたらいいのだろうか、俺にはさっぱりだ。

こっそりとリュスに聞こえないようにシフィアに囁く。


「ちょ、お前この空気どうにかしろよ」

「えー面倒いなぁ」

「どうにかしてくれたらその後は俺がどうにかするから」

「えらい漠然としてるやん〜。あ!?何々、もしかしてこれ命令!?」

「……すげぇテンションの上がり様だな…」

「わかった!!頑張るから、後で俺のペニs」

「頑張り次第だ!頑張り次第で考えてやるから、今、これ以上俺の気持ちを微妙な物にすんじゃねぇええ!!!」


こんなやり取りをリュスに聞こえないように出来た俺って凄い。
いや、こんなやりとりも聞こえない程がっちがちに緊張しているリュスの方が凄いのかもしれない。


「リュースレア様」

「は、はいっ」

「私の何処が気にいりませんか?」


えええええええええええ!?
どうにかしろと言ったけど単刀直入にも程がある!


「え、あ、ええ!?聞いちゃいますか!?」


もっともな反応を返したリュスは今更隠してもどうしようもないと覚悟を決めたのか少し項垂れながら口を開いた。


「も…申し訳ありません…。
幼い頃に祖母から聞いた、黒の翼に関しての話がトラウマになってまして…。どうしても…その、貴方がたが…恐ろしいのです」


何でもリュスのお婆さんは若い頃、友人と夜道で襲われた事があるらしい。
その時代のスィエロは今と同じくらい吸血願望が薄くなっていたのだが、襲ったスィエロは先祖返りとでもいうのか吸血願望が純血と同じくらい強かったらしく、お婆さんは助かったが一緒に歩いていた友人は死んでしまったという。

目の前で血を吸われて死んでいく様子を今でも忘れられないと呟く祖母が怖かった。とリュスは青ざめながら話した。


「…それは…私の代の出来ごとでは無いとはいえ私の一族が申し訳ない事をいたしました…」


神妙な顔をしたシフィアが頭を下げる。


「い、いえ!!元はと言えば聞いただけなのにそれを何時までも引きずる私が悪いのですから…」

「大丈夫です、リュースレア様」

「え?」

「貴方には白の牙の血が流れてますね?」

「え、ええ…母方にその血が流れていまして…」

「私達黒の翼は白の牙の血を決して飲みません」

「え!?」


目を真ん丸くしてリュスはシフィアを見た。


「おい…本当か?」


まさかこの場を和ますための嘘ではないかとシフィアに耳打ちすれば、本当だと返される。


「ほんまや、1口でも飲んだら腹下してまうわ。そんなモンがばがば飲んでみ?命にかかわる」


ぼそぼそと俺達は会話をする。
なんだそれ。さっさと言ってやりゃ良かったのに…。


「では、私は襲われないと……!?」

「はい。そうですね」


シフィアが肯定した瞬間にリュスは椅子にだらりと背を預けた。


「あああああ良かったぁあああ―――…そうなんですかぁ…あ、シオイ様、お話なんでしたっけ?」

「ゆるっ!!今までの反動で緩くなったなお前!」


ふへへへ〜と笑いながら片手をパタパタと振るこの男を見てだれが一国の宰相だと思うだろうか。



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