Nihil agere delectat.

――何もしないことは楽しい。――



昔のお偉いさんの名言だが…。


「ンなの嘘だー…」


俺は抱えているクッションに口元を押しつけ、ゔーと唸った。

何も出来ない。
いや何もする事がない。
暇だ。ヒマだ。暇すぎる。
なんだか暇すぎてこの城の使用人の人達と異様に仲良くなってしまった。


「俺カビ生えるって…」


ここに来て1週間ほどか?

最初は城の探索をしていたが、本気で迷って3日で断念した。
この国の民族とかその特徴とか…出来るならば帰る方法を知りたくて図書館にも行ったがそこはもはや未開の領域だった。

とりあえず1番てっぺんの本をどうやってとるのかを誰か教えてくれ。
梯子に登ってもまだ優に大人2人分はある本をどうやってとれっつーんだ。

それよりなにより大きな問題があった。

文字が…読めない。
なんでだ。喋れてるのに。
日本語を喋ってるつもりなのだがもしかして違うのだろうか。
文字が分からなければどの本が何について書いてあるのかもわからない。
音読してもらおうにも選んだ本が『今日の夕ご飯』だったらどうしようもない。

付き合って欲しいが、リュスも忙しそうで、アギアはもっての他だ。
使用人の人達なら…喜んで付き合ってくれそうだがそれはなんだか申し訳ない。
そもそも本当に暇だから付き合ってくれるのか、『正妃だから』なのか分からない。

あの大勢の人を見て体中を走った興奮も今では俺の中で萎んでしまった。

俺に何が出来る?

人も、文化も、文字さえも。何もかも知らないこの国で。この世界で。


「…厨房にでも行くか…」


どっこらせと俺は重い腰を上げた。





「りょーりちょーさーん、今日の昼飯何ですかー?」

「これはナオ様! もう少しで出来ますよ!」

「『様』なんていらないですって、おーいー匂いだ」


すんすんと鼻で息をした。

ここでは俺は『正妃』という立場だから、皆丁寧に接してくれる。
でも『様』をつけられて呼ばれるのはなんだか変な気持ちがするし、年上の人に丁寧語で話されるのも妙な気がする。

止めてくれと言っても皆がんとして譲らないので、じゃあせめて俺が丁寧語を使おうとすると困った顔をされた。
だから俺が使用人の人達と話す時はタメ口と丁寧語が混じった変な話し方になってしまう。


「ナオ様は本当に美味しそうな顔で食べてくださいますから我々も力が入りますよ」

「いやだって実際美味しいです」


ただでさえ人に作ってもらう食事なんて何年ぶりだっていうのに、ここの料理は悶える程美味しい。
まあ国の王がそんな不味い物食べているわけも無いか…。

でもアギアは豪勢な料理を食べている訳ではないと料理長さん達は言う。

いつも食べている材料はそこらへんの市場に行けば手に入る物ばかりなんだそうだ。


「雇われた時に『余の食事に余計な金はかけるな 食えればいい』と言われまして…。
一般にある材料で王の口に合う料理をお作り出来るか不安でしたが、アギアラト様は何を食べても美味しいと言ってくださいます」

と以前嬉しそうに皆が語っていた。
城の人と仲良くなって分かった事は一つ皆アギアの事が、王の事を誇りに思っているという事。

「あの方は名君です」

と皆が自分の事のように誇らしげに笑う。
その後必ず少し遠い目をして

――女性関係は多少目に余るものがありますが…。

と呟きもするが。



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