「で、ではなんとお呼びすれば?」
「俺の名前は塩井 直之だ」
「ではシオイ様と」
「よろしい」
偉そうに頷いてやる。
「シオイ様」
「なんだ」
「妃には…どうしてもなっていただけないのですね…?」
「ああ」
「……わかりました。
私も無理矢理は嫌でございますし、王もお望みにならないでしょう…。
…新たな妃を見つける事とします…見つかるかどうかはわかりませんが」
しゅんと落ち込むリュスになんか申し訳なくなった。
「その…なんで俺を選んだんだ」
「我が国の王の正妃はですね、貴女…いえ貴方ですね…の世界の方で無くとも良いのです。
ただ何と言いますか…豊穣の気とでも言えば良いのか…この気は大なり小なり人は纏っておりますが、この時代の者達は極端に少なくて…」
「で、それを俺は纏っていると」
「はいそれはもう眩しい程」
しばしばと瞬いてリュスは本当に眩しそうに目を細めた。
「それを纏った者が正妃となり、王と番になる事でそれは国を覆い、国は潤いを増します」
「ふーん…」
「で、ここで提案がございます」
「なんだ」
「これは私の不手際でございますので…帰られるまでの1年、この城でお世話をさせていただく…というのはどうでしょう?」
「!いいのか?」
「はい…その代わりと言っては何ですが…その1年だけで良いのです。妃の座に就いてもらえませんでしょうか!!」
押し倒された格好からベッドの上に這い上がり、正座をするとリュスは頭を下げた。
「この国は美しい。けれども、端の方には富が十分ではないところもございます…!
貴方程の気がありましたら正妃の座に就くだけで、番になって頂かなくともこの国を潤す事でしょう…!ですので…!」
「あー…はいはい。わかったわかった」
必死の形相に俺はパタパタと手を振った。
「俺もタダでこんなとこに世話になるのは申し訳ないからな…。
でもいいか?1年だけだぞ?1年終わったらすぐ帰るし、帰る方法を1つでも見つけたら俺はただちに帰る。すぐ帰る。」
今だけは学校の事とかは頭から外して、ただ帰る事だけを考えよう。
そうでもしないと不安で死にそうだ。
――今職失うと辛いよなぁ…いやまて俺。クビになるって決まった訳じゃねぇ。悲観するな。諦めるな。次の就職先を考えるなぁ!!!!
1年も無断欠勤したらクビ確実な気もするが、むしろそれだけ欠勤すれば行方不明扱いになると思う。
これも何か違うかもしれないが一応は誘拐なわけだし、犯罪といえば犯罪。
教頭はあれだが、校長は話の分かる人だ…言い換えれば少し情に脆い人だ。
犯罪に巻き込まれて1年行方不明なら同情票確保出来ないだろうか…なんて考える俺を汚い大人と罵ってくれてかまわないぞ。大人なんてこんなもんだ。
「お前も何かしら情報掴んだらすぐに俺に教えろよ。隠したりしたら容赦しねぇからな…」
「は、はいっ」
「世話になる事だし…帰るまでの間はその妃とやらになるからさ」
「あ、あ゙りがどうございまず〜」
リュスはがばっと頭を上げて感極まったように泣き出した。
「あーもうほら泣くな」
ドレスの袖で涙を拭ってやる。
ぐしゃぐしゃに泣いていても美人は綺麗なんだな、おい。
「ところでリュス」
「なんでございましょう」
「色々と決まったが、俺は嫌々ここに来たという事を忘れるなよ?」
「…へ?」
「まあ、とりあえず」
やけ酒するから酒持って来い。
にっこりと笑う塩井を見ながら、女帝だ…とリュスは思った。
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