不思議な浮遊感をほんの一瞬感じた後、眩しさに目を閉じた。


「う…っ?」


光は頭上から降り注ぐ太陽から差して来た物。
暗い体育館から日の元に出て、明るさに慣れずに目を細める。


「妃、大丈夫ですか?」

「うー…?」


美人が心配そうに俺を覗きこんで来た。
女子が張りきって用意した可愛いパンプスを履いた足が踏みしめるのは体育館の堅い床ではなく、柔らかい芝生の生えた地面。
ようやく目が慣れてきてここが外だと把握する。


「お?おおおお?ここは何処だ?」

「ここは我らの国、そして貴女の国にもなるファルテーロです。美しいでしょう?」


思わず状況も忘れて首を縦に振った。それほどに美しかったから。
ここはそれなりに高い位置にあるみたいで色々と見回せる。

延々と広がる緑の芝生。遠い所にはきらきらと光を反射する街があり、その中心には白い城がある。
空には虹がかかり、名も知らない鳥が飛んでゆく。
まるで物語の中のような風景。


「気にいってもらえて良かったです」


本当にほっとしたように美人は微笑んだ。


「…で、あんた誰だ?」

「ああ!!これは失礼いたしました!!
私、この国の宰相のリュースレア=エルラドと申します。リュスとお呼びください。
貴女をこの国の王の妃としてお迎えに来ました」

「お…おお?…すまん台詞がとんだ…というか、こんなシーン『ラプンツェル』にあったか?
それより、セットが大がかり過ぎるだろ?!費用とかどうしたんだ?」


なんだここ 野外だよな?!どこからどこまで本物だ!?


「…?」


小首を傾げて美人…リュスは俺を見る。


「台詞とか、セットとか…なんの事かわかりませんが、もしや何かの劇かとお間違えでしょうか?
これは現実です妃。
そして貴女にはこの国の王と結ばれるという明るい未来が待っています」

「…げん、じつ?」

「ええ。此処は貴女がお住まいになっていた世界とは異なる世界。けれども夢幻ではなく確かに此処にございます。」


…はい?
今、なんつった?
違う…世界?
そういう異世界的な設定の本は読んだ事はあるが…本当にこれがそうなのか?
現実にありえるのか?

問い質したい事は沢山ある。
でも今一番聞きたい事はただ一つ。


「正妃…って言ったか?」

「ええ、喜ばしいでしょう?」


きらきらとした目で俺を見つめてくるリュス。


「―――んなわけあるかぁああああ!!!!!」


スパーンと俺はかぶっていた、さっきまで握りしめていた鬘をリュスにぶつけた。


「俺は、男だ!!!!!」



国語教員 古文担当
塩井 直之(しおい なおゆき) 25歳

今年で違う学校に赴任が決定した。

染めているのかとよく言われる明るい茶色の髪、釣り上がり気味の目。
そんな見た目に違わない歯に衣着せぬ物言い(生徒にそう言われた)が生徒に受けて、自分で言うのもなんだが何故かそれなりに慕われていた方だと思う。生徒が馴れ馴れしいとも言い変える事が出来るかもしれないが。

そんな俺に生徒がお別れ会を開いてくれると言ってくれたのだ。
思わずポロリときそうとなったのに、蓋を開いてみれば最後に皆で俺をだしにして笑おうと言う悲惨な物だった。
そしてここぞとばかりに、主役なんだからとラプンツェル役を任された。

可愛い靴をはかされて、綺麗なドレスを着せられて、金の髪の長いズラを被されて。
むちゃくちゃだと溜息をついた。
それが何故こんなとこにいて、本当に王子と結婚せにゃいかんのだ!!


「お、男?!」

「良く見ろ!こんな抱き心地の悪そうな女がいてたまるか!」


…というより、こんな目つきの悪い女がいるわけねーだろ!

さっきも述べたように、俺の目つきは悪い…らしい。
学生時代はよく目があっただけなのに青ざめられたり、喧嘩を吹っ掛けられたりした…し、今でもちょくちょくある。
さすがに話し掛けた小さい子供に泣かれた時には俺が泣きそうになった。

地毛がこんなんだから、職場では教頭に絡まれる始末だ。


リュスが息をのむ。



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