昼過ぎの少し橙味の帯びた陽に照らされた道を足早に歩く。

小脇に抱えた紙袋からは昼食にしようと村の屋台で買った甘いソースがかけられたハムと新鮮な野菜が美味なサンドイッチの匂いが洩れ、食欲を擽る。
今日の仕事が午前中で終った為に昼食を自宅で取ろうと、いつもの様に直ぐに食べられる様に紙で挟んでもらうのではなく、こうやって包んでもらった。
日が暮れる頃には閉まってしまうこの店のサンドイッチを買って帰れるのは久しぶりだ。
きっととても喜ぶだろうなと、これがとても好きな恋人の嬉しそうな顔を思い描いて思わずにやける。
早くその顔が見たいと急く気持ちに比例するように足をさらに速める自分の視界にふといつもは無い物が目に入って来た。

日よけの傘を差して路地の隅で佇んでいる男の前には村の子供達が目を輝かせて座っている。
速めていた足を緩めて近寄ってみれば、それが小鳥を売る商人だと気づいた。
町々を歩いて売っているのだろう。白い綺麗な籠の中には色とりどりの小鳥が囀り、子供達を湧かせていた。


「旦那、お一つどうですかい?」


自分に気が付いた商人が人の好さげな顔で微笑む。


「これなんか綺麗でおまけに良い声で鳴く。ご自分で飼っても良し。プレゼントにしても喜ばれますぜ」

「プレゼントねぇ…」


その言葉に少しばかり気持ちが動く。
家にいてばかりの恋人に少し趣向の変わったプレゼントも良いかもしれない。
こちらを気遣ってくれる優しい恋人の口から寂しいとは聞いた事は無いが、こういった生き物が傍に居れば自分がいない間も寂しさが紛れるだろう。
そこまで考えてふっと笑いながら首を横に振った。


「やっぱ良いよ。僕もう家に小鳥がいるから」


ここにいる鳥達なんかよりずっと綺麗な声で歌う、愛おしい小鳥が家で待っている。
そうですかい、それじゃあお気が向いたらまた、という言葉を背にまた足を速めた。





「ただいまぁ」


村から少し外れた所にある素朴な見た目の家のドアを開ける。
見た目は派手派手しく無いが、所々趣向を凝らしているのが分かるこの家をとても気に入っていた。
村にある家とそこまで変わらない大きさだが、二人で住むには十分すぎる程の広さ。
これよりもずっと広く大きな屋敷を自分は簡単に購入が出来るし、一から作り上げられるだろう。そんな金をポンと出せる程、自分の懐は肥えている。
しかしそんな屋敷は欲しく無いし、必要なかった。必要なのは愛しい恋人と細やかな生活を営む為の家。


「お帰りなさい、早いですね」


自分の声を聴いてぱたぱたと足音を立てながら奥の部屋から恋人が出て来た。
その姿を見て思わず相好を緩める。
ああ朝見たけどやっぱり可愛い。
出会った頃は18だった彼も今ではもう20になった。
…と言ってもまだ1年と半分くらいしか一緒にいないのだが。
不当な扱いをされていた為に痩せて小さかった体は共に過ごしている内に血色も良くなり、成長した。
と言っても、成長期を逃してしまった為に3センチちょっとくらい伸びたくらいなのだが。
痩せすぎだった体にも肉がついて来たが、元々から痩せ形になりやすい体質だったようだ。個人的に正直もっと肉がついてくれても良いと思う。


「うん、忙しい時期を過ぎたからね。人の手はそこまで必要ないんだってさ。これハイ、お昼にと思って」

「お疲れ様でした。うわぁ!ミレディアのサンドイッチ!嬉しい、俺これ大好きで!」


労う言葉の後、差し出された紙袋に打ってある店のロゴを目に入れた恋人が紫の目を見張り、飛び上がらんばかりに喜んだ。
その様子は想像したよりもずっと愛らしくて、買って来て良かったと心底思わせる。
嬉しい嬉しいと目を輝かせるその姿はさっき鳥を見ていた子供達の様で、思わず笑いながら恋人の頬についていた絵の具を指で拭った。


「また描いてたんだ」

「はい。あ、付いてましたか?」


彼は家にいる間絵を描いている。
やはりこの身体では家事や仕事は大半が無理で、しかしずっと何もしないというのも暇だろうからと与えた絵を描く為の用具は、彼の新しい才能を見せてくれた。
口に筆を咥えて描いた絵は人物画や静物画といった描写には不向きだったが、彼の持つ世界を描き表わすには十分だった。
暖かな色使いの抽象画。それはコレクターであった自分の眼から見ても美しく、惹きつけられる何かがあった。
彼には内緒にしてあるが、売ろうと思えばそこそこの値段で売れるだろう。しかしどれ一つとして売るつもりは無かった。
先程も言ったように家計に困る程金が無い訳では無いし、彼が作り上げた物を手放すなんて勿体ない事出来る訳が無い。
そんな醜い執着心なんて露知らず、可愛い恋人は目を細めてこちらを見ている。
それに自分も目を細め返しながらその細い腰を引き寄せて耳に吹き込むように囁いた。


「…ね、お昼食べたら一緒にお風呂入ろ?」


両腕が無い彼は足を駆使して体を洗う事は出来ても、流石に髪は一人では洗えない。
だから彼と風呂に入る事は日常化している事だが、そういう意味合いで言った訳では無かった。
沿えた手で厭らしく這う様に腰を撫でる。


「こんな早く帰って来たの久しぶりでしょ?ゆっくりしたいなぁ…」


シーツに一緒に包まりながら。
ああでもゆっくりするのはベッドで激しい運動をした後で良いのだけど。
そんなおやじ臭い事を考えながら腰を撫で回していた手をそろそろと下ろして、薄い肉の臀部をやんわり揉んだ。
これだけ直接的な事をされればいくら純粋な彼であろうと何を指しているのか分かるだろう。
案の定顔を真っ赤に染めて目を泳がせている。


「…ね、良いでしょ、ゴルジュ」


そう囁けば、困った様に彼の眉がハの字に寄った。
彼の胸の内で、良いと言えば言質を取ったとばかりにさんざんな目に合うのは火を見るより明らかで、しかし嫌だと言うのは何だか仕事帰りの僕に悪いという葛藤が行われているのが手に取るように分かる。
そんな優しくて、熱を重ねる快楽を知っている彼が選ぶのは勿論――


「お、お昼食べてからですよ…」



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