ジュエさんが、死んだ。

いつもみたいにジュエさんとの家でジュエさんの帰りを待っていた。
でもジュエさんは帰って来なくて。
代わりに知らない、無表情の黒ずくめの男性が訪ねてきた。


「ジュエ=イヴワールさんは今日の午後2時半過ぎに市内の病院で亡くなりました」


低い人間味の無い声でそう、言った。
一体何を言っているのかと茫然と男性の顔を眺める。
冗談にしては質が悪いとは思わないのだろうか。誰かが、ジュエさんが、死んだなんて。
彼は表情を動かさないまま、馬車の事故に巻き込まれただの、病院に運ばれた時にはもう手遅れだっただのと意味の分からない言葉の羅列を口にしていく。


「彼には血縁者はいない様ですので、財産は市が管理する事になると思われます。ご理解ください」



ふと気が付けば、俺はあのサーカスに再びいた。
見世物として舞台の上で歌わされた。動物よりも酷い…化け物として扱われていたサーカスに。
ジャラリと重い鎖が鳴り、首に分厚い枷が嵌められている事に気が付いた。
どうしてここにいるのだっけ、とぼんやりと宙を眺め、ああそうかと思い出す。

人間として見られなかった俺はジュエさんの身内と認められず、イヴワールの名も奪われてしまった。
市は持て余した俺を財産の一つと見做し、他の遺産と同じように――売り飛ばしたのだった。
そうして、行き着いた先がここ。
以前とは少し違い、強硬な檻に閉じ込められているのは今度はそういう趣旨にしたという事なのだろうか。柵の間はそれなりに広いが、そこからすり抜けられるほどでは無い。

カッと強い光に照らされて一瞬目を閉じる。
おそるおそる目を開ければ、忘れかけていたあの悍ましい物を見る様な蔑み、好奇心、こちらを肯定する物は何一つ無い眼差しがいくつも射抜いた。


「さぁ、唄うんだガーゴイル!」


鞭が風を切る音に振り向けば、あのオーナーがにやけた顔で黒々と光る鞭を持っていた。
黙ってオーナーを見ていると、そのにやけ顔はすぐに怒りで赤くなり俺の入っている檻を鞭で思い切り叩いた。
鞭はこちらには届かないが、凄い音と衝撃が伝わる。


「唄え!!」


次歌わなければその鞭は柵の間を縫ってこちらを打つだろう。
オーナーの鞭捌きは昔からとても正確だったから。
のろのろと顔を正面に向け、乾いた唇を開くと



「ジュエさん」



小さな声で、そう呼んだ。


「ジュエさん、ジュエさん、ジュエさん、ジュエさん…」


真っ直ぐ舞台を見つめ、声を段々と大きくする。
歌なんて忘れた鳥が覚えたての言葉を何度も何度も繰り返す様に、ただ只管大好きな人の名前を呼ぶ。

ジュエさん、死んだなんて嘘ですよね。
きっと舞台のどこかから見てるんですよね。
直ぐに見つけますから、直ぐに。
…だから、返事、してください。
一人じゃ、見つけられないから。


「ジュエさん、ジュエさん、ジュエさん…!!」


ジュエさん、どうして返事してくれないんですか。
どうして、どうして…。

茫然と見ていたオーナーが漸く我に返ったのか、再度檻を鞭で叩く。


「唄えと言っているだろう、言葉が分からんのか!!」


歌は唄えない。だってこの歌はもうジュエさんだけに捧げた物だから。
だからジュエさん、一緒に帰って、また隣で歌を――…


「ジュエさん、ジュエさん!!!」


張り上げた声で喉が痛むのが分かった。
死んだなんて嘘。嘘ですよね、ジュエさん。
信じません、絶対に信じません。

だからこの涙は喉が痛いから流れるだけ。
張り裂けそうなこの胸は声を張り上げた所為。

苛立ったオーナーが鞭を振り上げるのと同時に、振り絞らんばかりの一番の大声で彼を呼んだ。



「ジュエさん…っ!!!!」

「ゴルジュ…!!!」


肩を揺す振られてはっと目が覚める。
眦から溢れてこめかみを濡らす涙の冷たさに不快感を覚えて眉間に少し皺を寄せた。
目に入るのは檻なんかでは無くて、大好きな、大好きな人の顔。


「ジュエ、さん…」

「良かった、目が覚めたみたいだね」


覗き込んでいた美貌がほう…っと大きく息を吐くと、手を伸ばしてパチリとランプの明かりを付けた。


「さっきからずっと苦しそうに僕の名前を呼ぶから…起こそうとしたんだけど中々起きなくて。どうしたの、怖い夢でも見た?」


サイドテーブルのランプの小さい明かりの中、心配そうに青い瞳が見下ろしてくる。
優しく涙を拭う様に撫でてくれるその手の暖かさに、漸くさっきまでの出来事が夢だったのだと理解した。
途端にぶわりと涙が零れる。


「ジュエ、ジュエさん…っジュエさんっ」


しゃくり上げながら何度も何度も名前を呼ぶと、身体を起こされてぎゅっと力強く抱きしめられた。

長い指が何度も何度も宥める様に髪を梳く。
落ち着くまで待とうとしてくれているのか、ジュエさんは無言だった。
その肩に顔を埋め、しゃくり上げながら名前を呼ぶ。
腕で縋れない分、声で繋ぎ止める様に。


「ジュエさん、ジュエさん…っどこにも行かないで、置いていかないで…っ」


その言葉にピタリと髪を梳く指が止まった。



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