「おい、【ガーゴイル】!さっさと飯喰っちまえ!片しちまうぞ」

「はーい…」


俺は乗り気のしない返事を飼育員に聞こえないようにして、不味い飯を口に運んだ。
ぐちゃぐちゃになったシリアルみたいな飯は見た目も味も決して食欲をそそる物ではない。
それを這いつくばって犬の様に食べる俺は汚い以外の何物でも無いのだろう。

俺は大分幼いころからここのサーカスにいる。
サーカスと言っても道化師が笑いを取り、踊り子が宙を舞い、獰猛な獣が火の輪をくぐる―――
そんな煌びやかなサーカスではない。
はっきり言ってしまえば『見世物小屋』。

熱帯林が広がる島から取り寄せた珍しい動物、あとは異形・奇形と呼ばれる動物を鎖でつないで見物料を取る。

その『動物』の中に…俺も入ってる。

俺は昔、この世界にずっとずっと昔にいたという翼ある種族の生き残りらしい。
いや、正しくは隔世遺伝という奴。
それも完全ではなく、歪な形の。
人々が忘れかけている古い言い伝え通りの姿形だったら俺もこんなに忌み嫌われたりはしなかったんじゃないだろうか。

600年も昔に滅んだ種族の奇形として生まれた俺は、生まれた直後に両親を失神させ、すぐさま棄てられ、孤児院送りにされた。
孤児院でも悪魔呼ばわりをされ、俺の噂を聞き付けたこのサーカスのオーナーが俺を高額で買い取ったという訳だ。
不味い飯。硬い寝床。どこを向いても好奇の眼差し。機嫌を損ねれば暴力。

――身の周りに似たような境遇の奴らがいる分、気分的にはこっちの方がまだましかもしれない。

といっても、『人間』は俺以外いないんだけど。
『人間』の異形は俺だけ。いや、俺は人間なのだろうか。
こんな風に鎖で繋がれていると自分が本当に人間なのか分からなくなる。

檻に入れられていないだけで、俺はあそこにいる6本脚の馬や、双頭の孔雀、虹色の蜥蜴のような『動物』なんじゃないだろうか。
ちょっと前にいた人間の言葉を理解する紅の犬の方があるべき姿をしている分まだましなのかもしれない。
人間のように物を考える…化け物。

――ああ、なんだかそっちの方が俺には相応しいかもしれない。

皿を舐めていると、飼育員が戻ってきた。
いつもの様に皿から離れる。
今日は機嫌が良いのだろうか、いつもの様に罵って殴りつけて来ない。


「おい」


それどころか話しかけて来たからびっくりした。


「…あ…は、い」


緊張で喉が引き絞られて声が出ない中、どうにか絞り出す。


「オーナーが呼んでる。ついて来い」


首の鎖を引っ張られ、俺はよろめきながら立ち上がった。






ぺたぺたと素足で冷たい床を歩く。
オーナーか。今日はどんな折檻をされるのだろかと思うとじっとりと全身に冷や汗が滲む。
いつもはオーナーがこっちに来る。…俺みたいに汚い奴を部屋に上げるのが嫌だからなのだけど。
だから呼ばれるのは本当に久しぶりで、こんな長い距離を歩いたのも孤児院にいた時以来な気さえする。
ずっと使われていなかった脹脛の筋肉が引き攣れるように微かに痛んだ。

オーナーの部屋と思われるドアの前で飼育員が止まったから俺も止まる。
中からぼそぼそと話声が漏れて来ていた。


「それで、幾らですか?」

「あ、あ…イヴワールさん、あれは売り物では…っ」

「幾ら出したら売ってくれますか?」

「あ、あれは家の目玉でして、あれがなくなったら…!!!!」

「5000万」

「はっ?!」

「5000万でどうです?」

「ご…っ」


俺も思わずおどろく。5000万って…。
人間が二人一生遊んで暮らせそうな値段だ。
金の値段の大きさに対する価値だけはオーナーの自慢話で耳にたこが出来るくらい知っている。
一体どの動物が欲しいというのだろう。
ああ、あの色々な声で鳴く美しい羽を持つ名前も知らない鳥かもしれない。

――でもあいつ飼育が面倒臭いんだけど大丈夫なのかな。

そんな事を考えながら俺は飼育員の気に障らないように頭を垂れて自分の爪先を見つめた。
泥が爪の間に入っていて汚い。


「ああ、足りませんか。なら6000万」

「!?」


もはや声も出ないのかオーナーの無言の驚きが聴こえるようだ。


「まだ足りませんか?そうでしょうね、ここの目玉ですからね。なら7000―――」

「じゅ、十分ですっ!!!」


余りの大金にオーナーが怯えて悲鳴のような声を上げた。


「5000万で良いです!どうかお連れください何処へなりとも!」

「おや、5000万で?そんなに安く?目玉なのに?それでは私が満足しません…まあ、気持ちをプラスしたものと思って受け取ってください」


そこで会話が切れたと思ったのか、飼育員がノックと共にドアを開く。


「オーナー連れてきました」

「お、おお。そこに置いておけ」


俺は壁際に立ち、頭を垂れた。
オーナーが黒い革張りのソファーに座ってどもりながら返事をする。
いつもは踏ん反り返って葉巻の強い匂いを撒き散らしているのに、今日は妙に肩をすぼめ、縮こまっているなと顔を上げて、思わず息を呑んだ。



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