18 


「…っ!!!!なんてこった…っ、おいジュエ!!!!」


アレークという名前の先生はベッドに横たわるイヴワールさんを見た瞬間に真っ青になった。
俺は立つのもやっとの体をドアに凭れかけさせる。




『どうした、急患か……っ?!』


あの後、蹲った直後にドアが内側に開き、俺は転がるように中に入った。
医者だと思われる髭を蓄えた壮年の男性が俺を見て唖然と目を見開くのが分かった。


『お願いします、助けて…っ助けて…っ!!』


両腕があれば縋りついている勢いで『助けて』と繰り返すと、男性は慌てて俺の肩を掴んだ。


『よし、分かった。落ち着け…大丈夫だ。とりあえず翼の方から見て――』

『俺じゃないんです…!!!!!』


絶叫して身を捩り、涙を零す。


『イヴワールさん…っイヴワールさんが…っ』


あの人の名前を口に出した瞬間、男性は青ざめる。


『血を吐いたのか?!』


嗚咽で声が出ず、ただ何度も首を縦に振ると男性は凄い形相で奥の部屋に入っていった。
何かを漁る音、倒す音が響くと大きな鞄を持ってすぐに戻ってきた。


『良く知らせてくれた…っ』


ドアを思い切りあけ、指笛を高らかに鳴らすと俺を振り返り、手に持っていた大きな布で俺を頭からすっぽり包んだ。


『これですぐに馬車が来る。お前さんの治療は向こうでしてやるからな…痛いだろうが我慢してくれ。頼む』


俺は無言で頷いた。
そんな俺を見ながらそっと男性は眉を寄せ、目を俺の後ろへ向ける。
しばらく逡巡するそぶりを見せると、後ろの壁に置いてある本棚に近寄った。
何か必要な本でもあるのかと急く俺に再度何かを堪えるような…申し訳なさそうな瞳を向けて、彼は古びた1冊の本を手に持っていた鞄に押し込んだ。




これ以上出したら壊れると思われる程の速度を出して走る馬車はいつもの半分の時間で館についた。
そして、アレークと名乗った医者は今必死の形相でイヴワールさんに取り掛かっていた。
それを飽和状態の頭で見ていると『見てなくていい、あっちに行ってろ…!』とイヴワールさんの喉にチューブを差し込みながら、血が跳ねた顔でそう言われた。

どこにいれば良いのかわからず、何となくキッチンに向かい椅子に座る。
右の角がずきずきと痛み、座った瞬間に翼が変な風に軋んだ。
さっきからきちんと折りたためず、見えはしないがどこかおかしな方向に折れ曲がっている気がする。
翼からは痛みをもう感じなくなっていた。

何も出来なくて、ただただ宙を眺める。
胸が潰れそうな不安に無性に叫びたくなる。

カチカチと時計の音だけが響く部屋の中、扉が開いた。
経過した時間に比例しない憔悴しきった表情のアレークさんが中に入ってきて俺の前の椅子に座る。


「……イヴワールさんは…」


震える声でそう聞くと、「…今は落ち着いているが、今だけだ。またすぐに発作が起こるだろうし、それを助けれるか分からない…」と吐き捨てるように言われ、目の前が真っ暗になりそうになった。
そんな俺にアレークさんが1冊の本を開いて、見せる。
端が擦り切れ、茶色に変色し、インクももう所々擦れてしまっているような古い本がさっきアレークさんが鞄に入れた本だと分かった。
アレークさんが右下のページに描かれた図を指さす。


「…お前さんはこの一族の血をひいているな?」


王冠のような堂々とした角、色までは分からないがきっと純白であろう大きな翼、剥げかけてはいるがそこだけ金箔を貼られた瞳に息を呑む。
俺とは比べものにならないほど美しい存在がそこにいた。


「…その翼も、角も、瞳も全て本物だな?」

「は、い…」


頷くと、アレークさんは静かに目を閉じ、ゆっくりと顔を擦る。


「………………その一族がどうして滅んだか知ってるか?」


首を横に振ると長い沈黙の後、重々しくアレークさんは口を開いた。


「変わりゆく歴史に対応出来なかっただけじゃない………彼らを滅びに追いやったのは俺達だ」

「……え…?」

「乱獲を、したのさ」


その言葉に言葉を失う。


「……酷い話だ。姿形が違うという事で彼らは動物同然に狩られた。
美しい翼を、羽を、金持ちは欲しがった。死んでも色を失わない金の瞳は高値で売り買いされた。
だが、一番欲されたのはその……角だ」


ひたりと俺の角をアレークさんは見据えた。


「その角の芯からは、奇跡と呼ばれるまでの効果がある薬が取れたという。
それを使えば足の不自由な少年は己の足で立ち、口が聞けない少女は快活に笑うようになり、不治の病は治る、と――――
…こんな事を頼むなんて俺は医者失格なのかもしれない。君を人間として見ていない訳じゃないんだ。
そもそも本当にその角に効果があるのかなんて分からない。
…本当はこんな方法を使いたくなかった。しかし、俺はあいつを助けたい。医者としてではなく、一人の友人として…――」

「使ってください」


俺はアレークさんが言い終わる前にきっぱりと口にした。


「両方とも使ってください。…俺はなりそこないだけど大丈夫ですか。
他にイヴワールさんの病に利く部分はありますか。翼でも、目でも、血でも心臓でもなんでも使ってください」


イヴワールさんの命が助かるならばそんなもの今すぐここで抉り取って使って欲しい。
痛みなんて気にしないで。早く。とにかく早く。

俺の目を見て、苦しげにアレークさんはありがとうと言ってくれた。



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