呆けたように固まるゴルジュを置いて寝室へ向かう。
きっと僕がいたら頭の中を整理出来ないだろう。
歩きながらさっきまで彼と触れていた唇を指でなぞる。
薄い色なのに、見た目以上に柔らかかった。
――…癖になっちゃいそう。
ゴルジュにはあんな風に言ったが、自分はちっとも酔っていない。
あの唇の柔らかさも、熱も、舌の甘さも、彼の微かな喘ぎも、指から伝わる髪の滑らかさまで把握できるほどに頭ははっきりとしている。
医者に言った事は本当だ。
あの、一緒に森の中を歩いたあの日。完全に自分は彼に堕ちた。
彼の頭を前に向けながらあの日自分は泣いたのだ。
父が死んでも、母が死んでも、一人ぼっちになっても、人々に辛い言葉を投げられても泣かなかった自分が。
彼の一言で泣いた。
今までに抱いた事の無いこの感情の名も、彼に一体何をしたいのかも、全て分かっている。
部屋のドアを開けるとベッドに倒れ込む。
彼に触れたい。ずっと触れていたい。
彼はこの気持ちを聞いたらどう思うだろうか。
嫌悪で顔を歪めるだろうか。
――そしたら…閉じ込めちゃおうかな。
なんて馬鹿馬鹿しい事を考えて小さく笑った。
彼はまだ茫然としているのか。
――歌、歌って欲しいな。
ついさっきまで1人にしておいてやろうと思ったくせに、もう離れていたくなくて、彼の声が聴きたくて、彼の名前を呼ぼうと口を開く。
「……ごぶっ!」
でもそこから出てきたのは彼の名前なんかではなくて、どす黒い朱がぼたぼたと零れてきた。
「ごっ、ぐ…っ!」
俯せになり、口を押えて嘔吐く。
手の平にべっとりとこびり付くそれと、粘りっこく喉の奥で絡み付く感覚にそれがさっき飲んだワインなどでは無い事は一目瞭然だった。
何度も何度も血を吐き、ヒューヒューと肺が鳴る。
一段落して、弱弱しくベッドに横たわった。
――…来るべき物が来てしまった。
溜息と共にまたごぼりと血を吐く。
この時が来るのは覚悟していたが、こんなにもあっけなく来るとは。
もっと死にたくないなんて喚き、泣くかと思っていたのに心が酷く静かだ。
――でも、
彼の顔が見たい。
彼に傍にいて欲しい。
「る、じゅ…ゴ、ルジュ…」
血を吐きながら、ただひたすらに彼の名前を呟いた。
――来て。お願い傍にいて。
――――ヒトリぼっちで、死にたくないよ。
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