12 

…何かおかしい。

俺はイヴワールさんに与えてもらった仕事をこなしながら首を傾げた。
壁に釘が打ってあり、そこにボードに挟まれた表が挟んである。
そこに地下倉庫にある食料を書き込むという簡単な仕事だ。
じっとしているのは性に合わないからと頼み込んでこれをさせてもらっている。
一つ一つの棚に分かりやすく並べてあるし、元々イヴワールさん1人で生活していたから、棚の奥から引っ張り出さないと分からないほど詰め込んでなくて数えるのは苦ではない。
俺は咥えているペンで『玉ネギ』に3本線を引いた。

ただちょっとワインの量が多い気がする。
これもワインセラーに綺麗に並べてあるから引っ張り出す必要性は無いのだけど、指でさせない分、どこまで数えたか分からなくなりやすい。
3度目も分からなくなってもう一度数えていると、


「お疲れ」

「!」


あんまりびっくりしたから口からペンが落ちる。
それをイヴワールさんが拾い上げて土を掃うと、ボードに挟んだ。


「もう終わった?」

「ま、まだです。後赤ワインだけ…」

「そう」

「い…イヴワールさん…」

「何?」


俺はおずおずと後ろに目を向けると、我ながら情けないと思うような声で


「…ち、近いです…」


と口にした。



そう。何がおかしいって最近のイヴワールさんの近さだ。
側にいるのは当たり前で、後ろから手を回して来たり、顎を肩に乗せてきたりと本当に近い。
今だって背中から脇腹に通って手が回され、前で組まれているし、生えている翼の丁度間に体を密着させている。
イヴワールさんがいくら男性にしては…いや、俺と比べたら絶対に体つきは良いのだけれど…細身だとしても、俺の翼の間の細さな訳がない。
押し広げられる翼は俺同様なんか情けなくて、でもその翼に顔を埋められて俺は困惑した。

近くに来られるのが嫌なわけではない。むしろ嬉しいくらいだ。
…でも

――こ、困る…。

綺麗な色彩が。綺麗な顔が。こんなに近くにあると妙に緊張してしまう。
それもなんだか良い匂いがする気がする。
…甘いような、爽やかなようなこの匂いはコロンか何かなのだろうか。
ただでさえ人と痛み無しに接することなんて僅かだった。
だから背中の人の温かさにどう反応していいのか全然分からない。


「…がりがり」

「っへ?」

「がりがりだよ、君。あれから体重増えたの?」


確かめる様に腕を締められると密着度が増して慌てる。
そんな俺を知ってか知らずか、イヴワールさんは肩越しにボードを覗きこんだ。


「…ああ。野菜全般無くなっちゃってるんだ…チーズも残り少ないね」

「そ、そうですね」

「じゃあさ…」


明日馬車が来る日だし、町に買い物行こう…?と耳に吹き込まれる様に呟かれて、俺はもう真っ赤になりながら首を振った。




フードを被って町に出る。
その間も腰の辺りに手を掛けて側にぴったりといるので辟易した。
あまりにずっと側にいるものだから俺にイヴワールさんのあの良い匂いが移るんじゃないかと思って、何恥ずかしい事を考えているのかと一人赤面する。

おまけにイヴワールさんは市場で美味しそうな物を見つける度にローブの中を覗き込んで「食べたい?」と聞いてくるので本当どうしようもない。
俺が首を横に振ればそれがどんなに美味しそうな物でも「あっそう」と前を素通りしていくし、小さく縦に振ると「じゃあそれ頂戴」と店の人にありえない量を頼むものだから慌てて、少しで良いですと声を上げた。
そしてそんな慌てる俺を見て、イヴワールさんは機嫌の良い猫の様に目を細めるのだった。

――本当に、おかしい。

イヴワールさんの行動も。そして、

――それに胸が苦しくなるほど嬉しくなる俺も。

どうしたら良いのだろう。
こんな幸せで良いのだろうか。
触られるところが妙に気になる。向けられる言葉が一つ一つ嬉しい。
イヴワールさんの一挙一動が気になって仕方がない。

――こ、これって…。

これはもしかして。
歌や、孤児院の時に聞いた話の中にある……


「ねぇ」

「は!はいっ」

「ちょっと寄りたいとこがあるんだけど、良い?」

「い、良いです」


「そう」と目を細めるイヴワールさんに、胸の内に浮かんだ答えにそうかもしれない…と思った。



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