11 

朝食を食べるとまだ怒っているようなイヴワールさんに散歩に出るからついておいでと言われて、フードを着させてもらった。
馬車に乗っている時に見ていたから分かっていたことだけど、本当にこの館は森の中にある。
鬱蒼と茂った森に馬車用ではない小道を無言で歩いた。

30分近く歩くとふと遠くに見えた建物に目が入る。
赤レンガで出来た建物。


「あれ…なんですか?」

「あれ?…ああ、あれはね…教会だよ」


見せてくれるのか、道の無い方へ足を踏み出したイヴワールさんについて行く。

所々欠けたり風にさらされて年月を感じる建物にはびっしりと蔦が絡み付いていた。
重そうな扉をイヴワールさんが押すと軋んだ音を立てて扉が開く。
擦り切れた赤い絨毯の向こうには綺麗な人が描かれたステンドグラスが日に照らされて輝いていた。
女性か男性か分からない美しい面立ちのその人は白いローブを被り、柔和な笑みを浮かべ、頭に花輪を掲げている。


「…使われなくなって大分経つ」


イヴワールさんが重々しい色合いの祭壇の上に指を走らせると線が引かれた。
確かにその厚さから誰もここに訪れなくなってかなりの時がたっているのだろうと推測出来た。
誰も来なくても微笑みを浮かべるステンドグラスの人が気になる。


「あの人は…あの神様は何て名前なんですか?」

「神様には名前なんてないんだってさ。人の子を慈しみ、愛している名も無い神」

「…人の子を…」


俺は小さく呟くと、そのステンドグラスの色とりどりの光に彩られる祭壇の前に立つと、その場で跪いた。
組む指は無いけれど、頭を垂れて目を閉じる。
イヴワールさんはその間、無言でいた。

立ち上がると、腕組みをしているイヴワールさんが間近にいた。


「何を祈っていたの」

「…感謝を」

「感謝?」


眉を上げるイヴワールさんに微笑みを向ける。


「貴方に…イヴワールさんに合せてくださって、ありがとうございます…って」

「な…っ」


口籠ったイヴワールさんの頬に僅かに朱がさす。


「ば、馬鹿じゃないの、君」

「でも俺、本当に…」

「早くこんなとこ出るよ。埃くさいの僕嫌いなんだから」


早口に言い切ってさっさと踵を返すイヴワールさんの後ろを笑みを浮かべつつ小走りでついて行く。


「…何笑ってるの」

「笑ってなんかいませんよ」

「笑ってる」


不機嫌そうにそういうとイヴワールさんは俺のフードを必要以上に強く引っ張って被せた。
小さく笑って心が温かくなる。
ああ、こんな気持ちになる事があるなんて。昔には考えることすらなかった心地に俺はなっていた。



行ってきた道を戻っている最中、数人のそれなりの年の女性が向こうから来る
ふくよかな手が抱えている籠の中身は空っぽだ。


「…向こうに畑があるからね。そろそろ収穫時期だ」


なるほどと頷くと彼女達に顔が見えない様に俯く。
俯く寸前にイヴワールさんの顔をなんとなくちらりと窺うと、何故か少し強張ったような顔をしていた。
どうしたのだろうか、と思っているうちに彼女達とすれ違う。


「…イヴワール家の生き残りのぼんぼんかい」

「豪遊三昧と聞いたよ。使用人も呆れて離れていったとか」

「あたしらから巻き上げた金でかい」

「ああやだやだ」


すれ違う際に聞こえた言葉にばっと顔を上げて慌てて振り返ろうとしたら、顔を後ろから挟まれて、そっと前に向けられた。


「いいの。本当の事なんだから。…家は代々ここらへんを纏める地主でね。
地主が税を徴収しない時代が来ても金貸しとかをしてあくどい稼ぎをしていたんだよ。
僕の代でそういうのは全部手を引いたけど、恨まれるのは当然の事なの」


そう言うイヴワールさんの声はとても淡々としていて、前に強制的に向けられているためにどんな表情をしているか分からなかった。


「俺…」

「何?」

「俺、今ほど手があったら良いのにって思った事は無いです」

「どうして」

「両手があったら…イヴワールさんの耳を塞げるのに…っ」


悔しかった。
こんなに優しい人なのに。
こんなに綺麗な人なのに。
酷い稼ぎ方をしたのはこの人じゃないのに。

それなのに、あんなわざと聞こえるように、傷つけるための言葉をぶつけるなんて。


「…馬鹿だね」


その言葉に振り返ろうとしたけれど、イヴワールさんの手の力が弱まらないから前しか向けない。
そのまま歩くのは何だか妙な気分だ。


「…ホント、馬鹿」


フード越しの手が、優しくちょっとだけ撫でてくれた様に感じて、俺は嬉しさに高鳴る胸を抱えて目を細めた。



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