それから館に戻り、早めの夕食を取ると、無言のままそれぞれの部屋に入った。

――何故僕は彼を買ったのだろう。

ドアを後ろ手に閉めながら何度目か分からない疑問を胸の内で呟く。
彼が目に付いたから?
じゃあ何故彼は目に付いたのだろうか。

――だって…だって、彼は…。

見た目が人間とは違う。でもそれだけ?
それをどう思った?僕は彼を………。
僕には無い。いつしか錆びついてしまった暖かな人の心。それを彼は持っている気がした。
あの微かな怯えの中に僕はそれを見出した。

――き、れいだと。美し、いと…。

急に胸が苦しくなって、僕は部屋を飛び出した。




「…っ、ゴルジュ…っ」

「は、はい、なんですかイヴワールさん」


ゴルジュの部屋のドアをノックも無しに開けて彼の名前を呼ぶと、慌てて彼は座っていた椅子から立ち上がった。
その自分の肩に届くか届かないかの背に縋るように抱きつく。


「い、イヴワールさん」

「僕、寝れないんだ。…歌って」

「え?あ、はいっ」


ベッドに横になり、腕で目を隠すと心配するような眼差しを向けられるのを感じた。


「…―――」


しばらくの沈黙の後、彼の歌が静かに部屋に響く。
それは寝れない子供の頭を撫でる母親の手の様に優しい音色の歌だった。







イヴワールさんが突然部屋に来て歌うように言ってからという物、イヴワールさんは俺に歌を歌わせるだけではなくて色々質問してくるようになった。


「ねぇ、ゴルジュの誕生日っていつなの」

「日にちは分からないけど、孤児院の前に置かれていたのは真冬の雪の降る夜だったって聞きました」


「今何歳なの」

「えっ、えっと、孤児院で7年…サーカスで11年…くらいだから、18になるかもしれないです」

「…ふぅん。見た目はもっと幼いのにね」

「…あの、イヴワールさんは…」

「僕?僕は26。それより、どこの生まれなの。今までどこの町を回ってきたの」


いつの間にか歌をせがまれるより、ベッドで回ってきた町、今まで出会った人達の話をせがまれる事が多くなった。
イヴワールさんはそれを枕に頭を乗せて黙って聞いている。
面白いのか分からないけれど、話が終わるとすぐに質問をするから、退屈はしていないのかもしれない。
俺も一人の時はぼんやりと外を眺めているくらいだから、こうしている方が楽しくて良い。


「ねぇ、ゴルジュは600年前に絶滅した一族の血を引いているって言ったでしょ。
なんでそんな事分かるの。親に生まれてすぐに捨てられたって言ったよね」


今夜も質問をされた。


「ああ、それは……」



――自分の知っている歌。あの不思議な言葉の歌を教えてくれたのは、街々を転々としている時に出会った老婆だった。
昔にある国に住んでいた…所謂原住民の血を引いているのだが、今ではその国を追い出され根なしの民となっている。自分達も街を転々としているのだと老婆は笑顔を向けてくれた。それが、初めてみる人の笑顔だった。
俺の姿が醜く無いのかと尋ねると、肩を竦めて『見えないから分からんね』と返された。
どんな姿をしているのかと聞かれたから『翼と角があって、目が人と違う』と答えると

『――ああ、アンタは滅んだ種族の血を引いているんだね』

視力を失った老婆は少ししか残っていない歯を見せて笑った。

『もう忘れられかけている言い伝えさ。純白の翼を有し、黄金の眼を持ち、頂きには王冠の如き角を掲げる――と。
惜しいねぇ。この目がまだ見えていたらさぞかし美しいだろうに』

そこで初めて俺はその血の所為でこんな姿をしているのだと知った。

『俺はその種族の生り損ないみたいだ…』

『おや、どんな風に違うのかい?』

『翼は黒い。目は紫だ。角だって王冠なんかじゃなくって、牡羊にそっくりで黒とも赤とも言えない』

老婆は白く淀んだ目を一瞬見開いて、そして破顔した。

―――それでも美しいじゃないか と。



「…あれが最初で最後の俺に向けられた褒め言葉です」


遠い目をして微かに微笑みを浮かべると、イヴワールさんが不機嫌そうに「何で最後なの」と呟いたのが聴こえた。
それに苦笑と無言で答える。
だって彼の老婆は目が見えなかった。
目が見えていれば俺の事を美しいなんて言わないだろう。
そんな境遇の人に出会う機会がもう無いとは言わないけど、多分…。



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