「あ、あの…俺…」

「じっとしてな。寸法がずれるよ」


そう言われて慌ててゴルジュは背筋を伸ばして顎を前に向けた。
肩甲骨辺りから飛び出す黒い翼が震えて、先までぴんと伸ばされる。
客の対応や情報の保護、服の仕立て上がり具合から信頼され、都会からわざわざ来る人も少なくない仕立屋の中でゴルジュは厳つい顔の主人に寸法を取られていた。
ここの服はデザインも素材も文句なしだ。
全てオーダーメイドで、動きやすく長持ち。その分値段も張るが。

主人が唸りながらゴルジュから離れた。


「うーむ…腕がない客は今までにも何人かいたが、翼とはな…盲点だ」

「良いんじゃない?この子だけでしょ」

「いや、分からんぞ。これからはそれも視野に入れて、服を作ろう。ああ、尻尾がある客が来るかもしれんな…」

「今は翼だけで良いから」


ついでに主人も変わり者だったりする。


「おい、お前。お前だ、翼の生えてる坊主!」

「はっはい!」

「お前これから太るか?」

「…はい?」


ゴルジュが首を傾げる。


「これから食って食って肉をつける予定があるかって聞いてんだ。いくらなんでもお前がりがりだ。
だが、それが体質ってのもあるからな」

「わ、わかりません…」

「分からんってことはないだろうが」


ふと、ゴルジュは今まで太るほど十分な食事を取れていなかったではなかったかと思い当たる。
サーカスの前には孤児院にいたといった。その前に温かい家庭があったかどうかまでは知らない。
どう答えるべきか迷っているゴルジュに助け舟を出す。


「ゼジドさん、ゆとりを持って作っておいてよ」

「はぁ?お前ら客と言ったらどいつもこいつもゆとりを持って作れだ。
ああはいはい縦にも横にもでかくなるもんなちくちょう。だいたい服っていうのはなぁ…」


ぶつぶつと文句を言いながらもデザイン画を取りに行く主人。

それからデザインや色を幾つか決め、店を出た。
出来上がるには1ヵ月ほど掛かるそうだ。
服は料金の半分を前払い、出来たら残りを払う形だ。
ちなみに小切手は使えない。全部現金で支払う。
ゴルジュは主人に手渡された金貨の入った袋を見て真っ青になっていた。

館を出る時に持ってきたローブをゴルジュに着させ、フードを被せる。
別に自分の評価なんて今更だが、面倒くさい事になるのは避けたい。


「い、イヴワールさん。イヴワールさんっ」

「何?」

「あ、あんな大金を俺の服のために払うなんてっ」

「良いんじゃない?」

「よ、よくないです!」


ついて来て小さな声で抗議するゴルジュをあしらった。


「良いの。金は有り余るほどあるんだから」

「いくらあるって言ったって、限りがあるじゃ…」

「…親父はね、すごくケチだった」


何の気なしにとつとつと話始める。
彼はすぐに押し黙り、真摯にこちらに耳を傾ける気配がわかった。


「親父だけじゃない。祖父も、その祖父も。一族そろって金には目が無かった。
稼げるだけ稼ぐ。巻き上げれるだけ巻き上げる。貯めるだけ貯める。
そして無駄な金は銅貨1枚だって出さない。………自分の妻の治療費さえね。
母は病気で苦しみながら死んだよ。親父も何の因果か同じ病で死んだ。僕には莫大な財産だけが残った。
僕は決めたんだよ。人生は短い。いつ苦しんで死ぬか分からない。なら欲しい物を欲しいだけ手に入れて何が悪い?
一族かかって集めた金を、たった一人の俺が、その子孫である俺が使い果たしてやる。
それってなんて馬鹿馬鹿しくて、とんでもない喜劇だと思わない?」


はっ と声を上げて笑う。


「人の気持ちは金でどうにかなる物じゃないだって?世の中のすべては金で買えるんだよ。
金より尊い物なんてないのさ。人の命を捨ててまで金を稼いだ親父がいい例だ。
だけど僕は金に固執しない。金は使ってこその物だ。そうだろう?僕はもう稼がなくて十分の金があるんだから、後は使うだけ」


肩を竦めて見せるとゴルジュは俯いた。
もしかして彼の気に障ったかもしれない。
稼ぐ努力もせずに何をと不快に思われても仕方がない。


「…そうですね。そうかもしれません」


だから静かにゴルジュが頷いたのには驚いた。


「………でも、何でですかね…」


そっと呟いて寂しそうに彼は笑ってこっちを見た。


「そんなお金の使い方したら、胸が空っぽな気がして……」


ごめんなさい。何もわかってないくせに、そんな事言う権利なんて無いのに…と、か細い声で慌てて呟きながらローブを目深に被りなおして俯く彼に複雑でなんとも言えないごちゃごちゃとした感情を抱いて、小さく喉から変に潰れた声が洩れる。
それをごまかすように、僕は彼の羽根を1枚、引っこ抜いた。



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