次の朝、雇っている馬飼いが来るとすぐに町へと馬車を走らせた。
町へ必要最低限の買い物に出かけるために週に曜日を決めて館を訪ねる契約をしている無愛想な男は来たばかりなのにと言いたげに眉を一瞬顰めたが、仕事と割り切っているのか無言で手綱を取る。
向かいの席ではゴルジュが大層居心地悪そうにもぞもぞとしている。
それはきっと馬車に乗ることにではなく、町に向かっている事に関係しているのだろう。


『今日は馬車が来る日だから、町に出て服を仕立ててもらおう』

『じゃあ俺は留守番を…あ、それともついて行った方が良いですか?』

『そうだねついて来て。初めてだし、翼の位置とか分からないからね』

『……え?』

『君の服を仕立てるんだよ』

『はっ?!そ、そんな勿体ない…!!お、俺はこれで十分すぎます!』

『ダメ。それフェルトとかじゃないから切ったところから解れてくるよ』

『で、でも…!』


困ったように眉を寄せるゴルジュを引きずる形で馬車に押し込んで今に至る。
森を抜けると馬車の窓から日が差し込んできてゴルジュの顔を照らした。
眩しそうに目を細める表情にふと日の光の元で彼の顔を見るのは初めてだと気付く。
昨日は曇りだったし、買ったのは夕刻を過ぎた辺りだった。
蝋燭やシャンデリア、ランプの光の元では見た事はあるが、やはり日の光とは異なる。

照らす光さえも吸い込む程の漆黒の髪。
その頭の両脇には黒とも赤とも言い難い、人によっては禍々しいと表現するかもしれない色彩の牡羊の如き巻き角。
長めの前髪から覗く白目の無い目は紫水晶の様にどこまでも澄んでいて、そこにナイフで切り目を入れられたように細い瞳孔があった。

だけど今はそんな異形さを感じる箇所よりも他の所が目に付く。
すごい速さで走る馬車の外を眺める眼差しは思っていたよりも長い睫に縁取られていて、青白かった頬は食事と風呂によって血色が良くなっている気がする。
この回復力は若さなのだろうか。彼は見た所まだ20を超えていないように思える。
血色は良くなったとしても肌の白さは生まれつきなのか、それとも日を浴びないで育ったのか、雪のように白い。
彼が身に纏う色彩は黒色に近い物が多いのでその白さが際立った。

…こうやって見てみると、決して醜く無い。
人ではない証を沢山持っているが、醜く無ければ悍ましくも無いと自分は思う。

――まぁ、僕の集める物は同じコレクターでさえ変だって言われる物ばっかりだから、美的感覚どっか狂ってるかもしれないけどね。

美形とも言い難いが、崩れている訳でもない。
平凡というには整っていて、そして人ならざる証の所為で印象が強すぎる。
アーモンドの形の瞳、綺麗に通った鼻筋、色の薄い唇。

――昨日はよく寝れた。

どこでも聴いたことの無い不思議な、けれど優しい旋律の歌は心地よい微睡に導いてくれた。
その歌はあの唇から零れ出たのかと思うとなんだか不思議だ。

朝目が覚めると自分のベッドに凭れて船を漕ぐ彼がいた。
一夜ここで過ごしたのかと驚いたが、朝、目が覚めた時に誰かがいる安堵感を久しぶりに味わった気がする。

ぼんやりと彼を見つめていると、ふと彼がこちらを見た。
彼の目が丸くなり、そして尊い物でも見るように細められる。


「…何」

「あ、ごめんなさ、痛い!」


約束通り羽根を1枚引っこ抜く。
手の中に残ったそれを捨てるのは躊躇われて、胸ポケットに入れた。


「…で、何?」

「あ、や、その、綺麗だなって…」

「綺麗?」


何が?僕が?
ゴルジュは少し照れたようにはにかんだ。


「その髪の色も、目の色も宝石みたいで、羨ましいな…って思って…」


顔の作りを讃えてくる女共はいくらでもいたけれど、初めに色の事を言われたのは始めてだ。
何故かそれに酷く動揺して、ゴルジュの顔から目を逸らした。



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