彼の口が空になったら、ナイフで小さく切って運ぶ。
そして彼が咀嚼している間に自分も食べる。


「…っ、ぅ」


小さく呻く声が聴こえたと思ったら、彼が泣いていた。
紫の目からとめどなく涙が零れる。


「美味しくなかった?」

「お、美味しいですっ。今までで食べた物の中で一番、一番…っ」

「じゃあどうしたの」


我ながら冷たい奴だと思う。
もっと心を込めて心配してやれば良いのに、出来ない。
無表情で、人の心なんて、感情なんて分からない。自分の心が動くのは物に対してだけだった。

――じゃあ彼は?

彼は物ではない。
物ではないのに何故心が動いたのだろうか。
何故彼を買ってしまったのだろうか―――…?


「ごめんなさい…っ俺、俺、何も出来なくて…買ってもらったのに、何も役に立てない…っ役立たずどころか、迷惑をかけて…っ」

「ねぇ」

「はいっ」

「羽ってさ、引っこ抜いたら痛い?」

「…はい?」


涙に濡れた顔で彼がこちらを向く。
言っていることが分からないのか、「羽…?」と呟いた後、律儀に答える。


「は、はい。自然に抜けるのは痛くないですけど、無理やりは痛いです…。あ、あの髪の毛みたいな感じで!でも、髪の毛よりもちょっと痛い…いたっ!?」


彼がびくりと身を震わせて慌てて俺を見る。
俺の手には黒い羽根が1枚。


「えっ、あ、えっ?」

「次から謝ったりしたら引っこ抜くから」

「え、ご、ごめ…」


慌てて彼が口を噤む。
それを見て、なんだか楽しくなった。






食事を終えると自分と彼の歯を磨き、彼に寝室を与えて自分も部屋に戻る。
ベッドに横になると瞼を閉じた。
…ここ最近ずっと眠れない。

瞼を閉じるとじわじわと肺の方から何か染み込んでくるような感覚がするのだ。
それは擽ったさではなく、痛みでもなく、スポンジが水を吸っていくように重さが染み込んでくる。
横になってもそれは変わらず、うとうとしている間に朝が来る。

寝返りをうったところで部屋のドアを鈍くノックされた。


「……ゴルジュ?」


僅かに身を起こすと、そっと扉が開いておずおずとゴルジュが中に入ってくる。


「俺、起こしてしまいましたか…?」

「いいや、別に。寝れなかったし、良いよ」

「…あ、の…俺に何か出来ないかと思って、考えてみたんですけど…」


彼はちらりとこちらを窺うと、決心したように口を開いた。


「歌、いりませんか…?」

「…歌?」

「お、俺に出来るのって言ったら歌う事くらいしか出来なくて!気に入ってもらえるか全然分からないけど…!」

「……それってさ、子守唄も出来る?」


こくこくと彼は勢いよく首を縦に振る。


「…なら、歌って」

「は、はいっ」


嬉しそうにいそいそと彼は近づくとベッドの横の小さな椅子に腰かけ、細く優しいリズムの歌を紡ぎ出した。
それを聴きながらそっと目を瞑った。



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