風呂から上がらせると青白い肌は上気し、多少は色が良く見えた。
自分が着ている服は彼には大きすぎる。
子供の頃に着ていた物を取っていやしないかと服を詰め込んでいる箱の中を漁った。
メイドがいた時はこの箱の中も整っていて奥に入っている物も取り出しやすかったが、いない今、着て洗った物を無造作に詰め込んでしまっている。
――まぁ、外に出る時の服の手入れは全部店に頼んでいるから別に良いけどね。
だけど館の中で着る服はここの中、または部屋の隅のクローゼットの中にある。
その度にこうやって漁るのは面倒くさいと思うのだが、毎回毎回思うだけで整理する気にはさらさらなれない。
言っておくがこうやって無造作に扱っているからといって質が悪い物な訳ではない。
この館に客人はめったに来ないといっても一応人が訪ねてきたりする。その時に粗末な格好は出来ないし、そもそもそんな質が悪い物に腕を通す気はない。
どれも普通の暮らしを営んでいる者には贅沢すぎる品だ。
どうにか彼のサイズに合う様な白いシャツと八分丈くらいの焦げ茶のズボンを見つけて引きずり出した。
真新しい下着を履かせ、ズボンに足を通させる。
「……切るか」
白いシャツを手にしてふと止まり、呟く。
彼の両腕が無い事は別に良いが、翼が邪魔をする。翼を出す穴を作らなければ。
「も、勿体ないです…!お、俺、上は着なくても大丈夫ですから…っ」
「僕はこのサイズもう着れないから。いらない奴だし、別に良いよ」
「で、でも…」
彼の紫の瞳がシンプルなデザインのシャツに目を落とした。
幾らかまでは分からなくとも、これが質の良い物だという事は分かるのだろう。
――あー…絹だったっけ。それとも一級物のサテン…?
滑らかな肌触りに何でこのシャツが出来ているか思い出そうとするけど、自分にとってはどうでも良い事だった為に覚えていない。
不安そうな顔をする彼に無理やりシャツを着せると翼の膨らみがある部分に鋏を入れた。
生地が裂ける高い音が響いて黒い翼が飛び出る。
「ねぇ、これで飛べるの?」
ふと抱いた疑問を口にして、翼をまじまじと見つめた。
指を這わせるとふわふわとも滑らかとも言い難い感触がする。
「お、オーナーが飛ばさせようとした事があったんですけど…俺の翼は未発達みたいで…翼がもげそうになったので止めになりました…」
「…そう」
確かにこの体にこの翼の大きさなら大空を羽ばたく事は無理かもしれない。
「その角も、その目も、この翼も、全部生まれつきなんだよね」
「は、はい…」
ごめんなさいとでも言い出さんばかりに申し訳なさそうに頷く彼。
…どうして彼はそんなに自身の見た目に負い目を感じているのだろうか。
――いや、気にしない事の方が無理か。
彼はこの世界に生れ落ちてから今までどれだけ忌み嫌う言葉を吐かれ、眼差しを向けられてきたのか。
その度にこの彼の事だ。自分を責め、謝ってきたのだろう。
「…夕飯にしよう」
胸の内に何故か言葉にし難い、今まで感じた事のない感情が湧いてきて、それが何か分からないまま彼の背をキッチンへと押した。
…自慢ではないが、炊事は出来ない。
しかしビンに詰められたウインナーとピクルスを開け、倉庫からワインとチーズ。町で買ったパンを切れば贅沢な晩餐となる。
用意している間、彼は――ゴルジュはおろおろと後ろをついて回った。
何も出来ないのは分かっているが、じっと座って待っている事なんて出来ないんだろう。
そして出来上がった食事を前にして、おずおずとこちらを窺った。
皿に乗せられたウインナーと僕に目線が動き、恐る恐る口を皿に近づける。
「―――いつもそうやって食べてるの」
その言葉にはっとして皿から身を離して泣きそうな顔をした。
その食べ方が行儀が悪いという事は理解しているみたいだ。
「ご、ごめんなさい…俺、後で頂きますから…」
「…こっちにおいで」
「え」
「ああ、やっぱりいいや僕が行くよ」
椅子を持って、向かい側の椅子に座る彼の横にずれる。
彼の皿に乗っている物を自分の皿に移し、ナイフで小さく切ってフォークで刺し、
「はい」
「えっ」
「口開けて」
恐る恐る口を開いた彼の中にフォークを入れる。
刺さっていたウインナーを彼が取り外した所で口から引き抜く。
「…良く噛んで食べなよ」
そうして自分の口にもチーズとパンを運んだ。
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