「だから、真白が帰るかって聞いた時本当に悲しかった…でも、すぐそこで慰めて、泊まっていけって言ってくれて本当に嬉しくて…。
その日の夜、こっそり真白の布団で寝た時は死ぬかと思うほど幸せだった。
初めて幸せで体が震える事を知って―――…」
「待った」
真白に口を塞がれて、それ以上口にする事が出来なかった。
拒まれてしまったのかと慌てて目を向けると、そこには俯き、何だか少し震えている真白が。
耳の端が赤くなっているのは怒っているのだろうか。
ざぁっと血の気が引く。
そりゃあそうだろう。
女を遊びで抱くような男なんてろくな奴じゃないと思われて普通だ。
学校もきちんと行っていなくて、社会の屑と呼ばれてもおかしくない俺を傍に置いておきたくないと言われたら、俺は…。
「な、なんか最後俺の事どんだけ好きかみたいな感じで…は、恥ずい…」
「え…?」
ふるふると震える真白を覗き込むと、顔が真っ赤に染められていた。
それが余りにも可愛くて思わずまじまじと眺めてしまう。
「う…た、確かに俺のどこが好きなのっては聞いたけど…そんな…う、うん…」
もごもごと口籠りながら喋っていた真白はしばらく黙ると、背中に手を回して抱きしめてきた。
「…ありがとう…。
シロが俺の背負ってる物を背負ってくれたように、俺もシロのを背負いたいって思ってた…。
話してくれて、ありがとう…」
「…真白…」
同情でも何でも無い言葉が胸を優しく溶かしていく。
ああやっぱりこの人を選んで良かった。
この愛おしい人に出会えて良かった…。
母親に、親類に爪はじき者にされても、喧嘩で体中が痛む日でも出なかった涙が溢れてくる。
「シロ…」
ちゅっと軽いリップ音を立てて口の端に落とされた唇を追う様に唇を重ねた。
離れたくない。ずっと傍にいたい。
真白がいるから俺は弱くなる。でも真白がいるから俺は強くなれる。
そっと唇を離すが、吐息が掛かるくらい近くに顔がある。
「……ずっと傍に俺を置いてくれ、真白」
「うん…」
嬉しそうに細められた目を見つめて、再度唇を重ねた。
「真白!」
息を切らして部屋のドアを思い切り開ける。
「ふぇ?!お、お帰り…あ、え、何?!」
いつも以上に早く帰ってきた俺に真白が目を白黒させて戸惑う。
そんな真白を肩に担ぐと勢いよく開いた扉を再び開いて外へ飛び出した。
向かった先は
「…え、ここ何…ええぇ!?」
町の隅にひっそりと建てられたようなバーの扉を蹴破って、驚きの声を上げる真白を抱きかかえ直す。
「うわぁああバカヤロー!!また蹴破りやがって!!誰が直すのか知ってんのか!
お前らみたいな不良共のたまり場にしてやってんだぞ、感謝して丁寧に扱えぇええ!!」
怒号とも悲鳴とも言えない大声が響いた後はただただ沈黙が広がる室内に恐る恐る真白が腕の中で体を捻り、ひっと小さく声を漏らした。
それもそうだろう。吾郎の周りにいる奴らよりずっと柄の悪い奴らがこっちを見ているのだから。
まぁ真白と面識のあるミツハルらもいる事はいるが。
俺は真白の腰を掴みなおすと、奴らの顔を見まわして口を開いた。
「今後、俺に不満を持ったらいつでも喧嘩しに来い。いくらでも相手になってやる。
ただ、真白に手を出すな。手ぇ出したら……殺す」
静かだが、思った以上に低く出た声にびりびりと空気が張りつめる。
本当は真白を見せるのも嫌なのだが、釘を刺しておいた方が良い。
睥睨しながら、身を強張らさせる真白の後頭部を押さえつけると奴らの前で唇を重ねた。
「!?ちょ!…むぅ…っ」
何度も角度を変えて舌を絡めているのも見せつける。
店内に厭らしい水音が響いて、口を離せば息を切らす真白と呆れた表情のミツハル達、茫然としている奴ら。
それを見て俺は勝ち誇った笑みが漏れ出るのが止めれなかった。
「…手、出すなよ。良いな…?」
そう言い捨てて店を出た。
「な、何なんだよ、あれ!何したかったんだよ…!」
「釘刺し」
嵐のように色々な事が突然やって来て、頭がついていかないのだろう。真っ赤になって叫ぶ真白に頬を緩めながら返す。
「一応ひと段落ついたから……あいつ等全員と喧嘩して、今は納得したみたいだから……」
「え…じゃあ…」
「もう怪我しない…絶対に」
今後喧嘩をすることはあるかもしれない。
でも、絶対に怪我をしない。真白を泣かせない為にも。
あの日、真白に自分の背負っている過去を分けた日からそう決めた。
だから腐らずにここまで来れた。
「よか、ったぁ…」
本当に嬉しそうに安堵の溜息を吐く真白に俺は再度唇を重ねた。
「……って!別にキスしなくたって良かったじゃんか!」
「…」
俺は真白の物で、真白は俺の物っていうのを見せつけたかったって言ったらきっと怒るだろう。
- 終 -