以前住んでいた所は都心に近い、薄汚れた場所だった。

中学を卒業するまでそこにいたから色々と思い出があるはずなのに、殆ど覚えていない。
母親は所謂水商売をしていて、俺はその仕事関係で出来た子で、相手はそこ付近を取り締まるヤクザ者だったらしい。
父親の顔は見たことも無く、母親は美人が取り柄なだけの女というイメージしかない。
家には中々帰って来ず、ようやく帰ってきたと思ったら生活費を茶封筒に入れてまた出て行く。
そんな生活で、毎日インスタントの食材ばかりを口にしていた。

親の所為にはしたくないが、そんな環境の中ろくな子供が育たないのは目に見えていて。
中2の時には母親の仕事の女性に誘われ、女を知った。
それからは学校にもろくに行かず、親の金を使って女と遊び三昧。
喧嘩を吹っかけられてはそれを買い、怪我をしても放置していた。

どうでも、良かった。

世の中の全てが。
つまらないから色々な事をした。
髪を奇抜な色に染めて見たり、女を抱いてみたり、色々な所で遊んでみたり。
ピアスと煙草をしなかったのは母親がしていたからだ。
黒い髪を伸ばした母親が、デカイピアスをつけて煙草を吹かしている姿が俺は一番嫌いだった。

女を抱くのも、喧嘩をするのも、今すぐ死んだってなんでも、どうでも良かった。
ただ、何かを壊している時の恍惚とした気分だけが好きだった。

そんなある日、中学の卒業を期に母親から一人暮らしをしろと言われた。
金はやるから、親類のいる町に引っ越せと。
面倒事ばかり起こす息子にほとほと疲れたのだろう。
母親らしい事なんて何一つしていないくせにと心の中で笑った。

でもこんな母親と、そしてこんな息子を心良く受け入れてくれる親類なんている訳が無くて。
1年ほどその町の高校に通わせた後、引き攣る顔で『知り合いがやっている高校があるのだけれど、そっちに行ってみないか』と言われた。
1年でも面倒をみたぞという事だったのだろう。

別に高校なんて行かなくても良かった。
でも、働くつもりも無くて。何もしていたくなくて。
だからと言って死にたい訳でもない俺を、吾郎が見つけた。


『あれ、変な色だなぁお前』


鬱陶しがって相手にしなかったのに、笑顔で絡んできて。
一人暮らしで高校に行くつもりがあまりないというのが分かると、どう手回ししたのか分からないが、すぐさまあいつは俺の高校の編入手続きを済ませてしまった。


『で、学校終わったら、俺んとこ来なね』


そんなあいつを怪我させて、グループが半壊したのはそれから3ヵ月も経たない頃だった。

総長なんてやっぱりどうでも良くて。
でも、色々な物を壊せるからそこにいただけ。

毎日と言っていいほど喧嘩して。
いつも以上にボロボロになったあの日、真白に出会った。

差し延ばされた手を反射で振り払ったのに、拾って帰って。
睨んだのに、水を俺にくれて。

俺が怖くないのだろうかと思った。
明らかに俺と違うタイプなのに。
吾郎みたいに何かしら力があって、俺みたいな奴に慣れている感じがしないのに。
何でそんな平気な顔をしているのかと。

持ってきてくれたお粥は美味しくて。
全て平らげると、急に寂しくなってしまった。

――寂しい?

今までそんな事思った事ないのに。
ただどうしても、さっきあった彼の傍にいたくて仕様が無かった。

階段を下りて、キッチンに立つ彼を後ろからそっと眺める。

――小さい…。

紺色のエプロンをつけて動く目の前の彼は小さくて。
男にしては長い髪が良く似合うと正直思った。

何も考えず彼に抱きつくと、彼は俺を振り払わずに困ったような笑顔で接してくれて。
その後出てきた料理は今まで食べたどんなものよりも美味しかった。
小さい頃、ラーメンを啜りながらちらっとみたドラマの家族のシーンのような温かい食卓。
それはこんな感じなのだろうと思った。

出会ったばかりだが、彼が料理が出来て、優しい人物というのは分かった。
だって見知らぬ人間を拾って手当てするような人物なのだから。

――いい嫁になりそうだな…。

そう思ってすぐに胸がむかむかした。
嫁?誰の。
彼が誰かの物になるなんて考えるだけで胸糞悪い。
いや、嫁なんて思うから腹が立つのだ。
彼は婿に……それも腹が立つ。
苛々しながら箸を進める彼をこっそりと眺めた。

誰の物にもならないで欲しい。
俺の傍にだけいて欲しい。
彼の優しさはきっと誰にでも向けられるものなんだろう。それがとてつもなく腹立たしく、悔しい。
出会って本当に短いのに、こんな感情を抱いてしまった自分に戸惑う。

でも、生まれてしまったその温かい感情を殺すことなんて出来なかった。



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