「なぁ、何食べたい?」
俺は今日の特売品は何だったっけと、今朝入っていたチラシを思い出しながら隣を歩く男に声をかけた。
俺よりも20センチ近く背の高い男は肩が触れそうなくらい近くに、でも手を繋ぐわけでもなく、ただ離れる事無く同じ歩幅で歩いている。
俺は知っている。
彼が自分に合わせてくれていることを。
本当はもっと早いペースで歩く事を。
その思いやりに胸が温かくなる。
「…俺は、真白が作るなら…なんでも」
「うーん…」
そういった返事が一番困るのだが、確かに彼は何でも美味しそうに食べてくれる。
特にこれが好き、といった反応も無いからいつも俺があるものや特売品で作ってしまうのだ。
「…じゃあ……豚の角煮とか、どう?」
ただ、シロは手間暇掛かる料理は殊更嬉しそうな顔をするという事が最近分かってきた。
角煮はちょっとばかり面倒臭いのだが、喜ぶ顔を見れるのならそんな事、全然苦でもない。
案の定、彼は目を細めて嬉しそうな表情を浮かべた。
3ヵ月程前の黒い染料はすっかり落ちて、今では白と黒の奇抜な髪色になっている。
それが彼に似合うのだから、別に俺は何も言わない。
「…良いな、それ」
「ん、じゃあそれで決まりな」
そう言った後、本当に言いたかった事を恐る恐る口にする。
「…そ、の…昨日まで父さんいたけど、また今日から仕事で、帰って来れないんだ……だから…」
今日は泊まるか?と言う前に、手を握られた。
普通に手を繋ぐのではなく、指と指を絡める繋ぎ方に彼の体温を知っている体が熱を帯びる。
「……じゃあ、角煮を食べた後…デザートに」
真白が食べたい。
さっきの優しい声音とは違い、卑らしい響きのそれに腰が疼いてしまった。
ごそごそと動いてベッドの頭にある時計に腕を伸ばす。
でもその腕は時計に届く前に、自分よりもずっと逞しい腕に阻まれた。
「ちょっと…シロ」
「……休日」
昨夜の行為で掠れ果てた声での抗議は、低くて甘い声に一蹴されてしまった。
腰に腕が絡み付いて来て薄い布団の中に再び引きこまれる。
「休日だって言ったって…俺は家事があんだぞ」
「……もうちょっとだけ」
すり…と首筋に高い鼻を擦りつけられる感触に俺は溜息を吐きながら小さく笑った。
密着する体が温かくて目を細める。
「あ、そういえばシロ」
「ん…?」
「欲しい物ある?」
「……欲しい物?」
シロの腕の中でくるりと向きを変えると、顔を合わせる。
不思議そうな顔をして俺を見るシロにまた笑みが零れた。
「お前が食べたい物とかも教えてな」
「…?」
「来週、シロ誕生日なんだろ?」
「…あ」
そう言えばそうだったと目を見開くシロにとうとう吹き出してしまう。
どうして自分の誕生日なのに忘れてしまうのだろうか。まぁ、シロと言えばシロらしいが。
「値段によってはちょっと無理があるかもしんないけどさ、そこそこの物はバイトして貯めたし、どんと来い」
「……っ」
春臣君からシロの誕生日を聞いてから、父さんの仕事を手伝って小遣いをちまちまと貯めていた。
親子としてではなく、他人に接するように仕事をさせて欲しい、して欲しいと頼んだから胸を張って使える。
と言っても、シロが欲しがる物は高そうで少し心配だったりする。
だってシロの持ち物はよくよく見てみると質の良い物が多いのだ。
皮製品とか、名前も聞いた事の無い海外メーカーの作品とか。
…どうしよう。そんなのだったらどうやって購入すれば良いのかさえわかんないぞ。
本当はぎりぎりまで秘密にしておこうかとも考えていたのだけれど、初めての誕生日だし、シロが欲しい物をあげたかった。
顔を上げてシロの表情を窺おうとしたら、力強く抱きしめられて顔が見る事が出来ない。
「シロ?」
「嬉しい…」
小刻みに腕が震えているのは気のせいだろうか。
逞しい肩に半ば強制的に顔を埋めさせられる体勢になって、首筋の匂いが鼻孔を擽った。
汗の匂いと、男性用の香水の香りが僅かにするシロの匂い。
誕生日を祝う。それだけでこんなに喜んでくれるなんて思わなかった。
何故そんなにも…と思ったが、それを聞くのはまた今度で良いだろう。
シロの髪に指を絡めて、そっと耳元で囁いた。
「…その日はシロん家行くから。それで、俺朝から料理の下準備して、夕方から一緒に食おう?
忘れられない誕生日にしような…?」
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