門を出たシロは俺を担ぎ上げたまま、ネクタイを窮屈そうに緩めた。
「これ、キツイ」
「似合ってるよ」
「……そうか」
シロにその恰好は良く似合っている。
髪は1週間染めだから、すぐに落ちてしまうかもしれないけど。
俺は担ぎ上げられたまま庵原さんに顔を向けた。
「まさか、吾郎さんが庵原の人だとは思いませんでした…」
「あはは、言ってないもんねぇ」
黒いスーツを着こなした吾郎さんが朗らかに笑う。
「まぁ、金持ちじゃないとああいった溜まり場とか隠れ場みたいなの自分で作れないしね」
庵原 吾郎。
古醐宮同様、古来の和の席の座の繋がりを利用し、その財力に物を言わせて来た庵原家の跡継ぎ。
下の名前だけでは分からなかったが、苗字を聞けばすぐにでも分かっただろう。それほどまでに有名だ。
「あの、吾郎さんはいつから俺が古醐宮の人間だって…」
「名前を聞いた時から、そうじゃないかとは思ってたよ」
中々聞かない名前だし、姫さんの顔はお母さんに似ているからね。
紫白さんの顔は写真で見たことがあるんだよ。と笑顔が絶えない吾郎さんに舌を巻く。
そんな前から気づいていたのか。
「親父が後を継げって言うまで俺は好きにさせてもらえる約束なんさ。
…それまでずっとあいつらと一緒にいたい」
だから、あいつらに俺の事はナイショにしてな?と困った顔をする吾郎さんにすぐに頷く。
吾郎さんがいたおかげでここまで来れた。
シロとずっと一緒に居られる未来が得れた。
それを裏切るなんて事したくない。
「あーあ、これから大変だぞシロ。Lessの奴らを黙らせるのはちょっとやそっとの事じゃない。
いくら春臣達が一緒に黙らせようとしてくれたって――…」
「大丈夫だ」
シロが俺を下ろしながら目を細めた。
「…真白が傍に…いるなら、俺は負けない」
その眼差しにかぁっと頬が熱くなる。
お熱い事でと溜息をついて、苦笑を浮かべる吾郎さんに顔を向けた。
「あの、吾郎さん」
「ん?」
「…一つだけ、質問していいですか」
「おお、どうぞ」
「…どうして、俺を助けてくれたんですか」
俺は赤の他人なのに。
俺は、青葉みたいに自分に誇りが持てなかったのに。
軽く目を見開いて、ふっと吾郎さんが笑った。
「言ったでしょ、拾ったワンコは最後まで面倒みなきゃ」
それに、姫さんは最後には自分できちんと道を決めれたから。
「俺の立場を利用してあげたっていいかなぁって」
悪戯っぽく片目を瞑って見せて、吾郎さんは高そうな車に近づく。
すぐさま中に乗っていた人がドアを開けて、頭を下げる。
「俺、これからちょっと用事あるから、すまないけど電車で帰ってね。一緒に」
『一緒に』と強調された言葉に笑みを返す。
「はい。一緒に」
「あ、言い忘れてたんだけど」
「はい?」
ドアを閉めながら吾郎さんがこっちを見て目を細めた。
「その人とも、ちゃんと話し合いなね」
「え?」
その途端に、ポケットの中で携帯の着信音が鳴り響く。
びっくりしている間に吾郎さんを乗せた黒い車は遠ざかって行った。
その後ろ姿に頭を下げた後、慌てて取り出して耳に当てる。
「もしもs」
『真白っ、お前なんか苦しかったり、悲しい事を耐えてたりしてないか?!』
耳に飛び込んできた声と、内容に息を呑んだ。
『なんか、さっき知らない人から電話があって、『息子さんを褒めてやってください。彼は一人で頑張ったから』って…!
お前、最近元気なかったから、もしかして…と思って、父さんもう気が気じゃなくて…。
元気か?苛められたりしてないか?
ごめんな、仕事が忙しくて中々一緒にいてやれなくって…。今日は帰ってくるか?晩御飯、一緒に食べれるだろうか』
「父さん…」
『真白、たった一人の家族なんだ。一人で溜めこまずにちゃんと言ってくれよ。
父さん、お前が一番大切なんだから。……大丈夫か?』
「…父さん…」
暖かい涙が頬を伝う。
ああ、きっとここから間違えていたんだ。
一人で抱え込んだことが。
身近に人がいながら、腕を伸ばさなかったことが。
「もう、大丈夫だよ…一緒に、いるから」
そう呟いて、シロの大きな手を握った。
力強く握り返してくれるその手に笑みが零れる。
「ちょっとした事があっただけ、うん。…うん、大丈夫。今日は帰るから。うん。…じゃあ」
携帯を切って、袖で涙を拭う。
その間、ずっとシロは黙っていてくれた。
「…シロ、帰ろ」
「ああ…」
手を取り合って、1歩、共に踏み出した。
- END. -