「…俺はもう、白じゃない。もう青葉に会わない。青葉の言葉には従わない」


しっかりそう言い切ると、静寂が一瞬部屋の中を満たす。
が、青葉が引き攣った笑みを浮かべ口を開いて、その静寂を裂いた。


「ははっ、何を」

「爺様に言った。今まで言えなかった事を。母さんの事を。
俺に母さんを重ねないで欲しいって。ただそれだけだった、でも言えなかったその事を。
…爺様は頷いてくれたよ。
もう、ここに白として来る必要は無くなったんだ。父さんももう関係ない」


驚愕に青葉の頬が強張る。



「もう、お前なんかに抱かれない」



そう言った瞬間、凄い速さで畳を蹴った青葉に襟首を掴まれた。
凄い形相でぎりぎりと首が締められる。
怖い。
怖いけど、目を逸らさない。
だって、もう俺は一人じゃないんだ。


「お前だけ…お前だけ、逃げるつもりか、あの人の呪縛から…!!!!」


目の前で綺麗な顔が歪み、充血した目で睨まれる。


「許さな、がっ!」


俺の横から腕が伸びて青葉の胸元を掴んで持ち上げた。
庵原さんの隣に座っていた黒いスーツに身を包んだ黒髪の男が怒りを露わにしている。


「真白に…汚い手で触るんじゃねぇ…!!!」

「シロ、殴ったら…っ」

「殴るんじゃねぇぞ、シロ」


俺と庵原さんの制止に、シロが渋々手を離した。
咳き込みながら蹲る青葉は憎々しげに髪を全て黒に染めたシロを見上げる。


「そうか…お前、どこかで見た顔だと思ったら、あの時の…!」

「青葉さん、お分かり頂けましたか。
真白が今、現当主にあなたの事を訴えたら、あなたといえど何かしらのお咎めがあるでしょうね。
そう…跡継ぎを下ろされるとか」


その言葉に青葉の肩が震えた。


「そんな事をして、庵原に何のメリットが…っ」

「ありますよ」


飲み終えた湯飲みをそっと置いて庵原さんがにっこりと青葉を見る。


「跡継ぎであるあなたが現当主に咎められれば、貴方の代の古醐宮の信頼は落ちる。
跡継ぎを下ろされたら、それはそれでこちらにとって得ですね。
有能な跡継ぎを潰せば古醐宮の衰退は必然」


分かっているでしょう、この世界がそういう世界だという事は。


「その私達庵原にとって美味しい状況を、貴方が真白から手を引く事でふいにして差し上げると言っているんですよ。
古醐宮の次期当主として取るべき道は一つじゃないですか。それもあなたにとっては金銭的に損でもなんでもない」


ね、悪い話じゃないでしょ。と庵原さんが明るい笑みを浮かべた。
それを見て青葉の目が虚ろになっていく。


「紙に記すと証拠が残りますからね、そうするとあなたが困りますから口頭での約束で良いでしょう?
青葉さん、笹西 真白に今後一切関わらないでくれますね」

「………ああ。もう、好きにすれば良い…」


ぼそりと青葉が吐き捨てると、僅かに項垂れた。



―――ようやく、終わった…。



その言葉に全身の力が抜けて、ふらりと後ずさった俺をシロが支えてくれる。


「…………………お前だけ、ずるい……」


悲しげな、そして苦しげな声で青葉が消えそうに呟いたのが耳に入る。
それに俺が反応する前に庵原さんが、青葉の衿を掴んで無理やり立たせていた。


「……甘ったれるんじゃねぇぞ…」


低い声で庵原さんが唸る。


「確かにこの立場にいるのは辛い事が掃いて捨てるほどある。
色々なものを諦めて、色々なものを背負い込んで。血を吐くような思いをしても、誰かと比べられてばっかりだ。
だけどなぁ、そこで何で『俺は俺だ』って胸を張れねぇんだよ。
血を吐くような思い、してきたんだろうが。その努力はお前が一番知ってるんだろうが。
お前が自分に誇り持ってやんねぇでどうすんだ…っ」


その言葉が俺にも突き刺さって僅かに顔を歪める。
目を見開く青葉を突き飛ばすと、庵原さんは背を向けた。


「行くぞ、シロ。真白」


俺の肩を掴んで部屋を出ようとするシロの手を解いて、青葉に近寄る。


「…俺、あんたの事、嫌いだよ。許すもんかって思ってた」


俺を見つめる青葉の顔が憎々しげに一瞬歪んだ。
でも、と言葉を続ける。


「……あんたの事、憎んだことはなかったよ」


青葉が茫然と俺を見る。
同じ痛みを知ってたから。
自分を見てもらえない悲しさを知っていたから、だからこそどこかで諦めていた。
この痛みから抜け出せないと、抱かれ続けるんだって思っていた。


「…ねぇ、俺は這い出せたよ。…だから」


次はあんたが這い上がる番だ。

そう口にする前に引き寄せられて、体が宙に浮く。


「うわっ?!」

「……手を二度と出すな。…次出したら、その顔歪むまで殴ってやる」


牙を剥き出さんばかりの威嚇をするシロの肩に担がれて、

俺は古醐宮の家を出た。



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