今日は来客がやけに多い。
客が来るから古醐宮の本家に来てみたら白も来ていると聞いた。
捻くれた笑みが口の端に浮かぶが、それをすぐさま引き締めた。
久しぶりに緊張して廊下を歩く。
古醐宮が華道の世界で有名なだけではなく政界でも名の知れる一族だというのは周知の事実だ。
そこに裏でのやり取りが古来からあったというのは表沙汰にはなっていないが。
しかし、そんな一族が古醐宮だけという訳ではない。
大なり小なり同じ穴の貉がいて、そこかしこで手を結んでいる。
古醐宮は確かにその中でも類を見ない程の規模だが、同規模を誇っている一族が無いでもない。
実は今日、その同規模の一族の跡取りと急遽顔を合わせる事になったのだ。
パイプは若い頃から繋いでおいた方が良い。
年下だと聞くが、嘗めていたら転落はあっという間だ。
古醐宮は手を出していないヤクザ者にもパイプがあるとも聞く。
今は持ちつ持たれつの関係を築いているが、自分の代でふいになったなどという事の無いようにせねばと着物の衿を正し、いつもの様に優秀なる古醐宮の跡取りの仮面をつけ、目の前の襖を開けた。
「お初にお目にかかります。古醐宮跡取り青葉、と申します」
「ああこれは、急に面会を頼んでしまって申し訳ない」
朗らかな声に顔を上げる。
そこには年下どころか、年上にさえ見えるような男が人好きのする笑顔を浮かべていた。
しかしその笑顔に警戒を深める。
どこか自分と同じ作った表情の匂いがしたからだ。
ふと、その男の隣にどこかで見たことのあるような顔付きの付き人が座していたが、どこで見たかを思い出せず、他人の空似かとその無表情な男から目を離す。
「遠い所、良くいらっしゃいました。庵原(いおはら)様」
「いやいやそんな畏まらないでください。俺の方が年下な訳ですし」
ああ、でも老けて見えるってよく言われるからちょっと言い辛いですかねと、苦笑して長い髪を掻く庵原。
「庵原様、この度はどの様なご用件で」
「ああ、すみません。お忙しい中時間を割いて頂いたのにべらべらどうでも良い話を…」
すっと流れる動作で庵原は目の前の湯飲みを手にした。
その一挙一動が美しいのは庵原が茶道で名が知れているからだろうか。
「…この世界は息苦しい。若い頃から繋がりを持っていないと潰れてしまう。そんな世界です」
ゆっくりと喋る庵原に、やはりそういう内容だったかと肩の力を幾分か抜いた。
「それでね、『あおは』さん。今後仲良くやっていく為にも、伝えておきたい事がありましてね」
パン!と手を叩くと庵原の後ろの襖が自然に開く。
そちらに目を向けながら、『あおは』と呼ばれた事に気づいた。
が、それよりも先にそこにいた人物に目を見開く。
「……白?」
そこには制服姿の白が立っていた。
結える程長かった髪が短くなっている事がやけに目につく。
…だからだろうか、彼の表情が酷く静かで澄んでいる様に感じるのは。
「今後、彼に手を出さないで頂きたい」
「………………は?」
朗らかに言われた言葉が理解できない。
「彼は庵原家がもらった、という事ですよ」
目の前の揺るがない笑みに、仮面が剥がれ落ちそうになる。
「な、にを仰っているのか」
「あおはさん、貴方彼を抱いてたんですってね」
「…っ、それが何か」
揺らいではいけない。
隙を見せてはいけない。
必死にそう言い聞かせて、汗の滲む手の平を握りしめた。
裏業界で、男色家と名を馳せている存在は今までにいなかったわけではない。
それよりも酷い事をやっている輩はごまんといる。
今更なんだ。大丈夫だ…。
「それを現当主はご存知だろうか」
「……」
無言でそれを爺さんが知らない事を肯定する。
だが、それは弱味にはならない。
爺さんは白に娘を重ねている。
娘ではないとどこかで分かっていながら、強制的にそう思い込ませている。
それは目を背けたいと思っている事が受け入れられない弱った心境なのだ。
まだ爺さんは耄碌していないが、白に関しては微かに狂気にも似た空気を漂わせながら純粋な笑顔で語っていた。
簡単に言ってしまえば白は、人形だ。
娘の形をした人形。
…そんな状態から爺さんが目を覚ましているはずがない。
だからそんな状態の爺さんに『跡継ぎに抱かれている』などと、そういう立場の白の口から…、いや、第三者の口から聞いたとしても受け入れないだろう。
自分だってだてに次期当主では無い。信頼は厚いはずだ。
何度白を抱いても、自分が不利になるような証拠は残してこなかった。
その足し算によって、自分が勝つ。
そう確信して、表情を崩さないで「知りませんが、それが?」と言った。
「青葉」
――ああ、煩い。
どうやって庵原と話をしたか分からないが、これで勝とうとしたのか。
絶対にお前は離さない。
絶望に壊れるまで、絶対――…。
「…俺はもう、白じゃない。もう青葉に会わない。青葉の言葉には従わない」
…ぜ、ったい…。
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