話し終えた瞬間、シロが無言で立ち上がった。
「シロ?」
「アイツぶっ殺してやる…」
「し、シロ、止めろっ」
自分に向けられた物じゃないと分かっていても息を呑むくらいに恐ろしい顔をしているシロの腕に慌てて真白はしがみ付いた。
今青葉を殴ったって何も変わらない。むしろ悪化させる事になるに違いない。
「シロ、止めろ。…姫さんを怖がらせたいのか」
吾郎の静かな声にはっとシロが我に返る。
真白の顔を見て目を泳がせると、さっきの勢いはどうしたのか腕を引かれるまま隣に静かに座った。
「……これが、あのシロか」
「これが本当のシロさね。今までのシロはただ気が立っていたんだよ」
茫然と呟く恭志郎に吾郎が嬉しそうに答えるが、目の前の二人は宥め、宥められるのに一生懸命で聞こえていない。
「姫さん」
「はい」
吾郎は笑みを浮かべて真白を見る。
「古醐宮…っていったら色々会社とか、政治で名前を聞く古醐宮だよね?」
「はい…」
「そっか…。じゃあ姫さんはこれからどうする?」
ゆったりと吾郎は足を組み直した。
それは全て真白に委ねるという姿勢で、傍から見ればなんだか無情な様にも見える。
そういう風にあまり見えないのは絶えず優しい笑みを浮かべているからだろう。
「お、れは…俺は。爺様に話そうと思います」
「古醐宮の現当主に?」
「はい」
「どうやって言うつもりか聞いて良い?」
少し真白は俯いた。
「俺を、見てくれる様に。俺は母さんじゃないって事を、伝えたい。
その事から始まったと思うから。…その事を解決しないと、何も変わらない気がするから」
爺様だけが悪いとは思わない。
ちゃんと言えなかった自分も悪い。
そして、青葉はそれを弱味として俺を抱いてきた。
爺様に俺に母さんを重ねるなと言ったら怒るかもしれない。
俺は、母さんの命を奪った子供でもあるのだから。
「…俺が、俺が怖いのは…っ」
握りしめた拳が震える。
「…古醐宮が、父さんにも影響してくるんじゃないかって、俺の所為で父さんがまた困って、泣くんじゃないかって…!
俺が生まれてきた所為で母さんが死んで、俺が母さんに似てる所為で仕事も上手くいかなくなったらどうしようって…っ」
父さんに、母さんがいなくなった分まで優しくしてくれる父さんに嫌われてしまうかもしれない。
呆れられて、手を離されてしまうかもしれない。
そう思うだけで怖い。
目を閉じると、涙が頬を伝った。
心の内を誰かに吐露することで、胸のつかえが下りていく。
でも、まだ道は見えなくて。
「父さんの為って言いながら、お、俺の為だったんだ…っ。嫌われたくない。捨てられたくない。もう、父さんに泣いてほしくない…っ。
その為ならなんでもしたいって…!」
顔を覆って泣く。
「でも、そうするとシロを悲しませるからっ。もう二度とあんな顔をさせたくないから…!
爺様に、話したい…。もう、こんなの止めたい…。
爺様に『白』って呼ばれたくない、青葉に抱かれたくない…!
だけど、もし失敗したら父さんだけじゃなくて、シロまで危害が及ぶかもしれない…っ。
俺、そう考えるだけで、もう…もう…」
今、シロが古醐宮に目をつけられたら、将来はぐちゃぐちゃになるだろう。
就職は出来ず、下手をしたら大学の方まで手が回るかもしれない。
ただの一般人を社会で生きていく事が出来ないようにする事は古醐宮にとって容易い。
父さんを泣かせ、シロを苦しませる。
それだけは見たくない。
「…真白、大丈夫だから」
優しく囁かれると、ぎゅっと後ろから抱きしめられた。
「俺の事は気にするな…何があっても、俺は…乗り越えてみせる。…真白が傍にいてくれるなら…乗り越えられる」
大丈夫、大丈夫だ。と繰り返されるその言葉に確証なんてないのに、本当に大丈夫なんじゃないかと思えてくる。
「真白は心配し過ぎだ…上手くいくかもしれないだろう?
…悩んでいても、仕方がない事だってある。
出来る事なら、真白を泣かせる奴らを殺してやりてぇよ…でも、真白がするなって言うなら、我慢する…。
ただずっと…傍にいる」
暖かい言葉に涙が後から後から止まらない。
そうだ。
もしかしたら上手くいくかもしれない。
青葉と話し合って、収まるかもしれない。
…その可能性がどんなに低くても、0じゃないはずだ。
「…シロがこんなに喋るのを見たことないぞ、俺」
「そうだねぇ。まぁ、良い進歩じゃない」
吾郎さんはからからと笑うと、「姫さん」と呼んだ。
「姫さんは決意したんだね?」
「…はい」
「例え、親父さんを泣かせてしまうかもしれなくても、古醐宮の現当主に話をつけるんだね?」
「…」
俯いて、吾郎さんから目を逸らす。
が、すぐに顔を上げ、しっかりと吾郎さんの目を見た。
「違います」
「違う?」
「俺は、父さんを泣かせない。泣かせないで爺様と…そして青葉と話をつけてきます」
そう言い切ると、満面の笑顔で吾郎さんがこっちを見る。
「合格」
「…え?」
「その姫さんの心意気に、おいちゃんも一肌脱ぎましょうかねぇ…!!」
ど、どいう風に?と何度も尋ねても吾郎さんは片目を瞑って笑みを浮かべるだけだし、恭志郎さんは不機嫌そうな顔をするだけだった。
これからどう転ぶか分からない。
ただ、暖かい空気がその時は流れていた。
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