大声に押し出されるかのように涙が止まらない。
瞬いても瞬いても曇る視界に一体今どうなっているのか分からなかった。
ただ騒めく周りの中、両目から滂沱しながら馬鹿みたいに突っ立っている事しか出来なかった。
そんな中、
「ましろ…」
僅かに震えている懐かしい声で名前を呼ばれたと思ったら、大きな腕が俺を抱き上げた。
頬に流れる涙を拭われ、目の前にずっと見たかった顔が、そこにあった。
「俺を呼んだ…呼んだ…?」
「ああ、呼んだ…ごめん、シロ…」
「ましろ、ましろ…っ」
白と黒の髪を腕で抱き締めると、シロが身震いするのが分かった。
次顔を合わせた時にはシロの目はしっかりとした意思の光を点していて、喧嘩を背にして歩きはじめた。
「えっ、ちょっ、シロっ」
抱き上げられながら静止の声を上げるが、シロの脚は止まらない。
「おーい、シロ」
吾朗さんそんなシロの背に向かって名前を呼ぶと、シロに向かって光る何かを投げた。
シロはそれを見もせずに片手で受け取る。
「ここ騒がしいからね、そこ使って良いから二人でゆっくりお話しな」
肩越しにシロの手の中を覗き見ると、光る物は小さな鈴の付いた鍵だった。
俺にはそれがどこの鍵なのか見当もつかないが、シロには分かったみたいだ。
それを握りしめると、真っ直ぐ吾朗さんの方を見て
「…恩に着る」
と低い声で口にした。
それはきちんと吾朗さんの耳に届いたようで、吾朗さんはちょっと目を見開いた後、嬉しそうに破顔し、手をひらひらと振って、また喧嘩に戻っていった。
担ぎ直された俺は、無言でシロの物と思わしきバイクの後ろに乗せられ、問答無用で喧嘩の喧騒を背にした。
重い荷物を一つ下ろしたようなすっきりした気分、朗らかな気持ちで喧嘩に戻ると背中にとんっと温かい物が当たる。
ふと首を捻ると、非常に機嫌の悪そうな恭志郎の横顔がそこにあった。
思わず吹き出しそうになるのを必死に抑え、口の端に笑みを浮かべるのにとどめる。
「…最初っからこうするつもりだったんだな…」
地面を這うような低い声に目を細めながら、殴りかかって来た相手をまた脚で受け止めた。
「そーさね」
「…裏切り者が」
「あらら。酷い言われよう、だねっと」
蹴った勢いで身を捩じりながらサラサラとした黒髪に隠れた耳に口を近づける。
そしてその形の良いそこに言葉を吹き込むように囁いた。
「でもこうする事をなんとなく分かっていながら、俺に付いて来たきょーしろーも同罪な…?」
「…っ!」
喉奥で笑いながら離れると、殺されそうな目で睨まれる。
「…いつかぶっ殺してやる…」
「んじゃ楽しみに待つとするかねぇ」
「ちっ いいかげん手を使えっ!」
俺の背後に立っていた奴を殴り倒しながら恭志郎が舌打ちをした。
あー駄目だ。今は嬉しすぎて何もかもが笑えてくる。
「だぁって俺の拳はきょーしろー専用だからダメさね」
「いつまでその言葉を守るつもりだ、本気出せこの莫迦!!!」
元総長の朗らか過ぎる笑い声と、元副総長の恫喝が響くその場は喧嘩には程遠い明るさがあった。
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