捨て犬、元捨て犬 

久しぶりにすっきり出来ると騒ぐ周りの音に包まれると前の事を思い出す。
自分が拾ったあの大きな犬と静かに話しあった時の事を。



ワイワイと賑わう溜まり場から気付かれない様に外へ抜け出ると、案の定シロが何の表情も浮かべずに壁に背を凭れかけながら突っ立っていた。
夜の闇の中でも一際暗い所に無言で立つその姿は不気味に映るが、臆する事なく近づく。


「タバコ、いるか?シロ」


その言葉にようやく大きな身体が反応を返す。


「…いらない」

「そうか」


シロがタバコを吸わないのは知っている。
コミュニケーションを始める為の皮切りにそう言ってみただけだ。
煙草もしない、ピアスも開けない、酒も自分から余り手を出さない。
それは単に嫌っているとかではなく、自ら進んですることが面倒くさいだけだと思う。

隣で煙草を咥え、横目でちらりとシロを窺った。
男前な顔はどこか虚ろで遠くを眺めている。


「…お前は俺に中々懐いてくれないねぇ」


苦笑いをしながら煙草を吸う。
別に過去を明かせだのその年でどうしてそんな顔をするようになったのかなんて内面を聞かせろという図々しいにも程がある事を言いたいのではない。
ただ、拾ってきた他の奴らのように少し気を許し、一緒に笑って、傷を分つくらいはしても良いのではないかと思う。
そうするために連れて来たのだし、俺もそうして笑ってくれたら嬉しい。


「…あんたは」

「ん?」


まさか返事が返って来るとは思わずに驚いて顔を向けた。


「あんたは、何でそこまでする?」


眉根を少し寄せるシロの表情は煩わしさとあと少しの疑問が含まれていた。
久しぶりに会話をしてくれた大きな犬に答えるべく煙草を指で弄りながら言葉を選ぶ。


「んー…善意じゃないよ。俺は俺がして欲しかった事をしてるだけさぁね」


そう、これは善意よりも醜い自己満足。

自分も誰かに拾って欲しかった。
ダンボールの中で寒さに震える犬のように、前を歩いて行く人に縋る様な目を向けて、吼えて。
でも誰も拾ってくれなかった。俺を背負ってくれる人はいなかった。
ダンボールの中で鳴いているには大きくなりすぎたから、今度は自分が鳴いている奴を拾ってやろうと思っているだけだ。

「助けて」と叫んでいるのに、不器用すぎる所為で全然伝わらない苦しさを知っているから。
同じ叫び声を上げた自分だから分かるそれを止めるために、拾う、連れて来る。
傷の嘗め合いと嗤われたって良い。
その嘗め合いで癒える傷もあるのだから。

ただ、そのためだけ。


「…そうか」


静かにシロが呟いた。


「…あんたには感謝してる」

「…おやぁ、珍しい」


惚けた口調で応じるが内心では酷く驚いた。一体どうしたのかと次の言葉を待つ。


「だけど、あんたじゃない」

「…ん?」

「俺が、欲しいのは…多分、あんたじゃ、ない」


眉間に皺を寄せ、ぶっきら棒に呟く。
その様子は苛立っているようで、それでいて寂しそうで。
誰でも良いから縋りつけば良いのに、それがきっと出来ない。本当に心を許せる相手にしかこいつは心を開けない。


「そう」

「…ああ」

「なら…シロ、お前の飼い主が早く見つかれば良いねぇ」

「…ああ」


一つ小さく頷いて呟いた夜風に紛れてしまいそうな同意の言葉は、酷く切実な響きをしていて。

心底、こいつが心を許せる相手が見つかる様にと祈ってしまった。



「…シロ」


俺はお前を一度拾ったからね。
新しい、本当の飼い主の所に届けるとこまでが俺の義務さぁね。

だから、ちょっと待ってな。



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