余りに重い言葉に口から言葉なんて出て来なかった。
シロに一体何があったのだろう。
心がざわつく。


「まぁ、喧嘩は夜だし。今すぐって訳じゃないからさ…」


にっこりと吾朗さんは笑みを浮かべると、表情を呆れた顔に変え、後ろに向けた。


「にしてもお前等早いネー。何?お前らサボり?サボりか?いけねぇんだぁ」

「吾朗さんだって同じじゃないっすか!」

「俺ぁどうにでもなるから良いもんねー。おバカさんなお前らの頭といっしょにするでないよ」

「ひっでぇ!」


重い言葉が吾朗さんの言葉で霧散していく。
本当に不思議な人だ。一見明るい太陽のように見えるが、その内側に何を秘めているか分からない。
でもシロを想っているのは確かだと思う。


「…ん?サボり?」


ふと呟くとがばっと顔を上げた。


「きょ、今日は何曜日ですかっ!」

「えーっと…金?」

「や、やばい!木曜日分までしか届け出してない!」


わたわたとポケットを漁ったが、携帯がない。
そんな俺においちゃんがポイッとスライド式の携帯を投げた。
ブラックの機体にプラプラと情けない顔をしたクマのストラップがぶら下がっている。
それはえらく吾朗さんに似合っているように思えた。


「ほら、俺の使いな?」

「ありがとうございます」


開いて学校に電話を掛けようとし、昨日の泉のショックを受けた顔を思い出してふと止まる。
ディスプレイに表示されている時計で今は2限と3限の間の休みだと言う事が分かると、俺の指はゆっくりと泉の携帯の番号を押した。



数度鳴った後、『もしもし?』と訝しげな声が耳に入ってきた。
知らない番号の携帯を取るなよ、と小さく苦笑した後に口を開く。


「もしもし」

『!、さ、笹西!?』

「相手が名乗る前に名前言ったら詐欺とかにひっかかるよ、泉」

『笹西、本当ごめん!ごめん、俺―――』

「俺こそごめん」


泉の気持ちは良く分かる。
何も考えないでシロに俺の場所を教えた訳じゃないってことくらい分かってる。
むしろ考えてくれて教えたんだよな?
例えそれが最悪の方向に転んだのだとしても、泉が俺の事を思ってくれた事は変わりない。


「ごめん。ありがとう」

『笹西…』

「昨日はさ、色々むしゃくしゃしてて…本当、あれ八つ当たりで。ごめん」

『笹西、あのな。俺…やっぱり今のままじゃ駄目だと思うんだ、だから…』

「…うん」

『…ごめん。でも俺には何も…っ』

「ううん。ありがとう、そう思ってくれるだけで俺は嬉しいし、泉には凄く助けてもらったよ」

『…笹西』

「今日さ、休むから先生に言っといてくんないかな」

『…分かった。ゆっくりしろよ』

「ありがと」


小さく微笑んでボタンを押そうとしたら


『笹西』

「うん?」

『来週には…来るよな?』

「…うん」

『わかった』


じゃあな、とお互いに言い合って電話を切る。
「終わった?」と優しく聞いてくれる吾朗さんに電話を返しながら俺は頷いた。
シロがどうなっているのか分からない。
今は目の前のこの吾朗という人について行こう、それしか俺には出来ない。

何も分からなくて、頭の隅が未だ混乱しているような状況の中、吾朗さんについて行けばきっと何かが開けるような気がした。



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